6.悪魔の力

 ──身体が熱い。


 スフィさんの命と共に、ミシミシと音を立てて身体が巨大化を始めるのがわかった。

 痛みは感じない。その代わり、スフィさんの命令が頭の中でこだまする。


『奴らを蹴散らせ』


 ──望むところだ。

 うまくできるか、わからないけど。


 僕はローブを脱ぎ捨て、ジャグジ達に突進した。


 ジャグジ達の前に来る頃には、僕の身体はあの悪魔の身体へと変貌を遂げていた。


 僕はジャグジとその部下達を見下ろす。


「なんだこいつ!?」


 部下の一人が僕に光線銃を向け、引き金を引いた。


 一瞬、ヤバいと思ったが僕の身体に当たった光線は僕の身体に何も影響を及ばさなかった。ただ少し、光線が当たった場所が暖かい気がするくらいだ。


 僕は光線を当てた奴から、光線銃を強引に奪った。相手も抵抗したが、悪魔の力には敵わずにすぐに手を離す。


 僕は光線銃を握り潰した。

 ──こんな危ないもの、あっちゃいけない。


 僕は他の奴らの光線銃も奪おうと手を伸ばした。皆、先程の光景は見ていたはずだが、一斉に光線銃を僕に当ててくる。


 ──痛くも痒くもない。


 僕は一人、二人と光線銃を奪い、地面に落とすと、今度は奪った銃をまとめて全身の体重をかけて踏み潰した。


「バ、バケモノが!!」


 まだ一人、僕に銃を向ける男がいた。


 ジャグジだ。ジャグジの持っていた銃は他の部下と違い光線銃ではなさそうだったが、関係ない。


 僕はジャグジの銃に手を伸ばし、奪おうとしたが、銃を持ち上げてもジャグジはその銃を離そうとはせず、ぶら下がっている。


 ──往生際が悪い。


「ウオオオオオオオオオン!!」


 僕はジャグジを眼前まで持ち上げると、彼に向かって吠えた。


 空気が震える。

 ジャグジの身体が空気の振動でブルブルと震え、ついにその手を離した。


 僕は最後の銃も握り潰す。


 ──これで奴らに武器はない。


 地面に落ちて立ち直ろうとしているジャグジに、僕は拳を振るい上げた。


「ユイト! そこまで!」


 スフィさんの声が響く。

 僕はあげた拳を下ろし、最後にもう一度咆哮した。


「ウオオオオオオオオオ!!」


「……撤退だ」


 ジャグジが舌打ちをし、部下達を率いて元きた場所を走り去っていった。


 その瞬間、僕の身体に電撃のような物が走る。ツボを刺激されたみたいな心地よい快楽。もう三度目にもなるので、僕はこれが悪魔に与えられる、召喚者の命に従った褒美なのだと理解した。


 ジャグジ達が見えなくなると、また身体から蒸気が出て、僕の身体は徐々に人間態へと変化した。


 巨大化した時にシャツやズボンが破れ、また裸になっていることに気づき、脱ぎ捨てたローブを慌てて手に取って、纏う。


 ルビーが唖然とした表情で見ていたので「服、ごめん」と一言謝った。


 ──しかし。


 自分でも驚いた。

 ジャグジ達には僕もムカついていたところがあったとは言え、スフィさんの命令を受けて、恐怖も何も感じることなく動くことができた。


 ──これも悪魔の身体故なのか。


 ふと、街の様子が気になった。

 街の皆は、僕の姿に怯えなかったろうか?


 そう思い、フードを深く被りながらも、恐る恐る顔を商店街の方に向ける。


 街の人々はしばらくの間、ぽかーんとしていたが、急に一人が声を上げた。


「ジャグジたちめ、ざまあみろ!」


 その声を皮切りに、皆口々に歓声を叫び始めた。


「すげえじゃねえか!」

「スフィリーク博士! 成功してたのか!」

「奴らに頼らずに街を守れる!」

「せいせいしたよ!」

「スフィ、ありがとう!!」


 歓声を浴び、スフィさんは何度も満足気に頷いた。


「ふはは! このおれが! スフィリークが悪魔の使役に成功したからには安心しろ! お前たちの安心と安全は、おれたちが守る!」


 ──なんか高らかに宣言してるし。


 呆然とそれを見ていた僕の肩を、ルビーがちょいちょいとつついた。


「悪魔さん悪魔さん」

「あ、ルビー。ごめん、服ダメにしちゃった」


 ルビーはふるふると首を横に振った。


「それはいいんです。悪魔さん、さっき気にしてたじゃないですか。師匠が悪魔さんに、人を殺せとか命令しないかって」

「……うん」


 確かにそう尋ねた。今も正直、何も飲み込めていない。けれど、現状からすると僕はスフィさんの命令には逆らえない首輪つきの奴隷だ。さながら三蔵法師についていかざるを得ない、孫悟空みたいな。


「師匠も言ってたように、絶対ないとは言い切れないですよ? でも、こういうことですから」


 ルビーは、街の人々と肩を組み始め共に喜びの声を上げているスフィさんを見た。


「心配するようなことにはならないと思いますよ。──優しい悪魔さん」


 僕は思わず笑みをこぼした。

 ──なるほど。

 たとえこれが夢でも現実でも、スフィさんなら信じていいのかもしれない。


「と言うか街の皆に悪魔であることを隠す意味、早々になくなりましたね」

 ルビーは溜息をついた。


「壁壊させた時みたいにまた何にも考えずに命令したんですか、あの人」


 僕もつられて溜息をつく。

 ルビーと僕はお互いを見合って、おかしなあるじのことを頭に思い浮かべて、クスクスと笑い合った。

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