14.悪魔の邂逅

 ジャグジはスフィさんとの話し合いの末、自身の元部下をあらかじめ、イリーナ商会を取り囲ませていた。

 その気になればいつでも裏切ればいい。だが、そうでなければイリーナ商会の制圧に力を貸してもらう、と。


 それは危険だとルビーは反対したが、自分たちの知らないところで勝手に動かれるよりはマシだろ、とスフィさんは突っぱねた。


 ──それがこの結果だ。


「驚いたね。ジャグジ、あんた女だったのかい」

「テメェとおんなじな。俺はテメェみてぇな器量は待ち合わせちゃいねえから、男を演じて突っ張る他なかったが、それももうどうでもいい」

「ちょっと! まだ油断しないでくださいよ!」


 広間の隅で戦っているルビーが叫ぶ。

 ジャグジのアジトでの戦いではものの数秒で敵をのしていたルビーが、戦いを長引かせせてしまっている。


「こいつら何人か、亜人ですよ! 人間の力じゃ、取り押さえられません!」

「何?」


 ルビーの言葉通り、ジャグジの部下に取り押さえられていた黒服達が、拘束を振り解き、反撃を始めた。


「何人か、じゃない」

 イリーナが僕の手の中で、不敵な笑みをこぼした。


「ここにいるアタシの用心棒、全員が亜人だ」


 ジャグジがそれを聞いて、舌打ちをする。

「脚を狙え!」


 ジャグジの命令で、部下達が光線銃を黒服たちの足に向けた。


「やめろ! 撃つな!」

 だが、それを見てスフィさんが叫ぶ。


「ああン!?」

 ジャグジが怒りの形相でスフィさんを睨んだ。


「ふざけてんのか、テメェ! この状況でナマ言ってんじゃねえぞ!」

「お前こそ黙れ! そう簡単に人を傷つけるな!」

「いよいよもってふざっけんなよ! それに奴ら人じゃねえ、亜人だ!」

「だとしても、いや、だからこそだ!」


 スフィさんとジャグジはお互いを譲らない。だが、そうしている間にも一人、また一人と閃光と爆音のダメージから復活した奴らが拘束を解いていく。


「危ない!」


 そのうちの一人がスフィさんに向かって銃を向け、撃ってきた。

 僕は咄嗟に翼を生やし、それをスフィさんの盾にする。


「……いい判断だ。さすがはおれの悪魔」


 スフィさんは余裕のある言葉を発しているが、腰が抜けていた。


「ユイト……頼めるか」

「頼めるかって……」


 ──本当にこの人は、良い人だ。


 僕は思わず笑いたくなった。やっぱり迷うことなんてない。この知らない世界でも、僕はこの人となら、生きていける。


「捕まってください!」


 僕はスフィさんを左腕で抱きかかえ、翼を広げ、全速力で地上への出口まで飛ぶ。それに巻き込まれ、何人かの黒服が吹き飛ばされ、倒れた。


「皆さんも外へ!」


 僕の言葉に、ジャグジの部下達も敵に銃を向けながらも、地上まで続く階段を駆け上がった。

 地上へ出ると、スフィさんを降ろして僕を追って素早く出てきたルビーにイリーナを託した。そして出口の前で、亜人たちが外に出ないように両手で押し返していく。


 ジャグジの部下も全員外に出たのを確認すると、僕は近くにあった四輪駆動車を掴み上げ、地上への出口に投げた。

 ちょうどそれが出口を塞ぎ、敵の足止めをする。


「これでしばらくは足止めになりますかね」

「ああ、ユイト。上出来だ」


 スフィさんはよろめきながらも立ちあがろうとしたので、僕は手のひらで倒れないように支えた。

 その間、ジャグジは部下達に支持を出している。


「いつ奴らが外に出てもいいように、亜人用の拘束ネットを用意しろ! お前らがアジトから持ち出した荷物の中にいくつかあんだろ! 探せ! それに使えそうなモンは全部もってこい」


 ジャグジの支持に従い、部下達が荒野を走って散っていく。どこかにここまで来た乗り物なんかを待機させているんだろう。


「さて、イリーナ。こうなりゃもうおれたちの勝ちだろ」


 スフィさんはよろよろとイリーナの前まで行くと、毅然と手を腰に当てた。

 イリーナはルビーによって、手と足を拘束されている。


「頼れる部下は今は地面の下。あんたももう逃げられない。観念して、おれたちの言うことを聞け」


 スフィさんの言葉に、イリーナもなすすべはないだろう。

 僕はそう思ったが、イリーナは未だ口元を不敵に歪ませていた。


「……どうした?」


 スフィさんが怪訝そうに、イリーナの顔を覗き込んだ。

 イリーナは顔をあげて、スフィさんを見つめる。その顔には間違いなく、笑みが浮かんでいた。


「ふふ、悪魔を従えてるやつがいるって言うからどんなやつかと思えば。ジャグジの言う通り、とんだあまちゃんだねえ。その調子じゃあ、アタシを殺そうだなんて気持ちも、これっぽっちもないんだろう?」


「……そんな気はない。場合によっちゃ、お前のことは街の当局にでも身柄を明け渡す。余罪なんざ山ほどあるだろ」

「全く。なんでアタシが、イリーナ商会として下界で商売ができるのか、わかってないようだね」


 イリーナは空を仰ぎ、大声で叫んだ。


「我、キルリス・イリーナが悪魔タウラスに命じる! こいつら全員、皆殺しだ!」


 ──その言葉と共に。

 僕たちの頭上に、影が落ちる。

 そして、響き渡る咆哮と共に、奴が現れた。


「ズモオオオオオオオオ!」


 荒地にその足で、大地を踏み締めて、そいつはその手に握る巨大な棍棒で、まだここに残っていたジャグジの部下を薙ぎ払う。

 牛の頭に角。僕と同じように、毛むくじゃらな巨大な身体。


 ──悪魔がその牙を向き、僕たちの前に降り立った。

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