13.悪魔の捕虜
イリーナ商会のところまでは、スフィさんの運転で四輪駆動車を走らせることになった。僕の世界で言うところのジープだ。
僕とルビー、スフィさんの三人と、ジャグジの元部下が四人、荷台に乗る。
僕もルビーも、フードローブで顔を隠している。僕が最初にティプトンの街を見たときと同じような格好だ。ルビーはうさ耳を隠すニット帽も被っていた。
ジャグジの元部下は、スフィさんが改めて金で雇ったらしいが、あのジャグジとの一戦で、僕とルビーの強さを知っていることもあり、どちらにしても大人しかった。
ルビーがにこりと笑みを向けると、四人とも引き攣ったような笑顔になった。
どうも件の突撃の際、トラウマを埋め込まれてしまったようである。
──かわいそうに。
当然、荷台からも運転席のジャグジが下手なことをしないように見張る。
見かけは四人が僕ら三人の(偽)捕虜を見張っているが、その実は僕ら三人の方が見張っている形だ。
ティプトンから離れて数十キロと走っただろうか。
周りに何もない荒地に着いた。
「本当にここか?」
荷台で怪訝そうに眉を顰めるスフィさんに、運転席から降りたジャグジが応えた。
「ここだよ」
ジャグジはまたヘルメットを被っていて、また声がドスの効いた低い声に変わっている。
昨晩、シャワー室で見た彼女の凛々しい表情を思い出した。あのヘルメットの下にある素顔を、彼女はいつから隠しているのだろう。
ジャグジはつかつかと荒地を歩き、周りを見回すと、咳払いをして叫んだ。
「イーヴァン・ジャグジです! 先日報告をしました、スフィリーク・キュビイズ博士と亜人を連れてきました!」
──その瞬間、地響きがした。
荷台の上でも振動を感じ、荷台の上にいた全員が少し寄ろける。
地響きと共に、ジャグジの目の前で荒地の地面が割れ、中から階段が現れた
「驚いたな」
スフィさんが思わず、と言ったふうにつぶやく。
僕とスフィさん、ルビーの三人は後ろ手で手首を緩めに縛り、荷台から降りた。それを前後左右から、ジャグジの元部下が光線銃で狙うようにしているが、少しでも変な行動をするようだったら僕がルビーが彼らを押さえつけられるよう警戒を怠らない。
「行くぞ」
ジャグジを先頭に、僕たちは地下へと続く階段を降りた。
階段を降りた先には大きな鉄の扉があり、ジャグジが前に立つと、自動でその厚い扉が横に開いた。
中にある大きな空間を取り囲むようにして、黒服の部下たちが、立っている。皆、ヘルメットや仮面などで顔を隠していて、その表情は読み取れないが、皆こちらに銃を向けていた。
「わざわざここまで出向くとは、本当にかなりの上モノなんでしょうね?」
奥の方から、優雅にこちらに歩く影があった。
大きく胸元の空いたセクシーな真紅のドレスに、真っ赤な髪の長身の女性だ。
ドレスのスリットから彼女が歩く度に細く長い脚が空を切る。女であることを隠すジャグジとは正反対に、その強みを最大限に主張している衣装。
「はい、イリーナ様」
ジャグジとその元部下は、その女性に対して膝を曲げ、頭を下げた。
──彼女がイリーナ商会のボス、キルリス・イリーナ。
「仰る通り。このスフィリークという女、亜人の助手のみならずこんな奇っ怪な物を連れていたようで」
元部下の一人が僕の尻を蹴る。
ルビーのニット帽も、別の元部下に脱がされて長い耳があらわになった。
演技なのはわかっていても、少しイラッとしたが、手筈通りに僕はその場に倒れ込み、頭にかぶっていたフードを外した。
「へえ、たしかにこれは興味深い」
キルリス・イリーナが、僕のこめかみから生える角を撫でた。
そして僕のシャツを捲り上げ、僕の左胸を触る。それから細い指先でクイと僕の顎を掴んだ。彼女の大きく煌めく瞳が、僕の眼を射抜くように見つめた。
「ティプトンに悪魔の研究をしているイカれた女がいる、という噂はアタシも聞いてた。だが、まさか本当に? キブスタンの認可のおりてない悪魔がいるなんてね」
「やはり本当に悪魔だと?」
僕たちから見ると白々しくも、ジャグジがイリーナに尋ねた。
「ああ。ジャグジ、お前から報告のあった通り亜人を縛る縄で弱体化しているんだろうが、この角、それにこの胸の契約印。間違いなく悪魔の特徴さ。よくやった」
「……では!」
「いいえ、ジャグジ。残念だけど」
イリーナがパチンと指を鳴らした。
部屋を囲んでいたイリーナの部下数人がジャグジの周りに走り寄ってきて、銃を突きつけた。
「未認可の悪魔が手に入ったという状況はできるだけ、知らぬものが多い方がいい」
「俺を……俺を上界に招待してくださるという話は……」
「条件がそろえばそういうこともあったのでしょうが、残念ね。自分の不運を呪ったらいい。いや、幸運を、かしらね?」
ジャグジが頭を下げた体勢のまま、震えているのがヘルメット越しでもわかる。
スフィさんがそんなジャグジを見て、小さく鼻で笑った。
「言ったろう。こいつがそんな殊勝なやつなもんか。わずかな希望でもつかみたかったんだろうが」
「……そのようだな」
二人は僕の知らないところで何か話をしていたらしい。
ジャグジは地面を思い切り殴り、立ち上がると、スフィさんを見て頷いた。
イリーナはティプトンの動向には少なからず目を見張っているはず、というのがスフィさんの見立てだった。
最悪の場合、ジャグジ一味が壊滅したことを他の誰かから伝えられている可能性は高く、その場合、イリーナに会うことはできず詰むかもしれない、という想定もしていたが、今のところその心配はなさそうだ。
ジャグジには事前に、イリーナの元へ連絡を入れさせていた。
ティプトンの街で噂の女科学者が、数日前から珍しい亜人を連れ歩いているらしいこと、そしてその科学者と亜人を捕らえたことを報告させている。
そして今、僕らやジャグジを取り囲む部下達は気になるが、僕の目の前にイリーナ商会のボスが無防備を晒している。
「今だ、ユイト」
スフィさんが後ろ手に縛られていた縄を解く。そして自分の後ろにいるジャグジの元部下の一人から、タブレット端末を受け取ると、僕に命令した。
「我、スフィリーク・キュビイズが悪魔カキザキ・ユイトに命ずる。キルリス・イリーナを捕縛せよ!」
「何!?」
スフィさんの命令と共に、僕はローブを脱ぎ捨てイリーナの首元に手を伸ばした。
僕の身体から蒸気が立ち上り、もう三度目になる巨大化を行う。
悪魔の巨大な右手でイリーナを持ち上げ、力加減に気をつけながら握った。
「全員、耳と目を塞げ」
ジャグジが僕たちにだけ聞こえるくらいの小さな声で、そう言うと何かを頭上に放り投げた。
スフィさんと、いつの間に自身も縄を解いていたルビー、そしてジャグジの元部下が目を瞑り、耳を塞ぐ。
広間全体をまるで太陽がこの地下に現れたのかと錯覚するくらいの光と、広間を揺らすほどの爆音で包まれた。
「今だ!」
ジャグジの号令と共に、眩い光と未だ僕から立ち登る蒸気で隠されてよく見えないが、地上から繋がる階段をバタバタと大勢の人影が駆け降りてきた。
ルビーがそれを見て、勢いよく飛び出す。
僕らを囲んでいた黒服たちに攻撃を始めた。
黒服たちは先程のジャグジの投げた手榴弾から放たれた閃光と爆音で怯んでいる。
ルビーが倒した以外の黒服たちも、地上から降りてきた人影に制圧されていく。
光と音がやみ、蒸気も消えて、辺りの様子がよく見えるようになった。
閃光を免れたのか、まだルビーと格闘をしている者もいるが、広間にいる黒服のほとんどが、地面に組み伏せられ、光線銃を向けられて無力化されていた。
「これは……どういうことだ、ジャグジ」
まだ目がよく見えないのだろう。僕の手の中で、目をすぼめながらイリーナが苦しそうに言った。
「ふん、どうもこうもねえ。元々いけすかねえと思ってたが、さっきのあんたの言葉で、俺ぁ、ほとほと愛想がつきたぜ」
ジャグジはヘルメットを脱ぎ、イリーナを睨みつけた。
ヘルメットを後ろに投げ捨てる。
そしてジャグジはイリーナに向けて、にやりと笑った。
「こっからは、俺も俺の好きなようにやらせてもらう」
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