第8話 悪魔エキドゥナ
36.外の世界
眩い光が辺りを覆った。
僕が最大威力で放った炎は、巨大な火球となって、爆発した。
蔦に、炎が燃え移る。
僕を拘束していた蔦も燃え尽き、ドサリと底なしの底に落ちた。
「痛っっ」
僕は背中を摩り、ゆっくりと立ち上がった。
すぐに飛び立とうとしたが、妙な視線を感じて、辺りを見回した。
蔦が轟々と燃えていく。残り火で洞窟内部が少しだけ明るい。
感じた視線の先に、亜人たちがいた。
何十人という亜人が、蔦に絡まり、まるで胎児のように眠っている。
だが、一人だけ僕をじとりと見つめる亜人がいた。
エキドゥナに飲み込まれたと思っていた、兎耳の亜人。カジャロプを連れて現れた奴だ。
あの時は鎧を着込み、金属製のマスクをしていたがマスクが外れ、口元が見えていた。
その顔つきはルビーと似ている、と感じる。
亜人が皆、悪魔の子だと言うなら、似た顔の亜人がいるのも不思議ではないのだろうか。
「お前たちは」
亜人が声を発した。その声は、これまでより少しだけ震えているように聞こえる。
「お前たちは、何をしにきたんだ」
「……何って」
「カジャロプとの、またエキドゥナとの戦いを見ていた。そこまでして必死に、何を狙っている? 何のために、ここにきたんだ」
亜人は僕をまっすぐに見つめていた。改めてじっくりと見て気付いたが、ルビーと顔つきは似ていても、この亜人の瞳は透き通るように蒼い。
僕は迷うことなく答える。
「ここの亜人を解放しにきたんだ。スフィさんもルビーも僕もユカリも……ジャグジも」
「スフィ……スフィリーク」
「スフィさんを知ってる?」
スフィさんも、元よりカジャロプを知っていたようだし、この亜人も、スフィさんを知っているわけがあるのかもしれない。
だが、目の前の亜人はそれには答えずに、僕に近づいてきた。
「そんなことが、可能か? 私たちはずっと、ここにいた。ここ以外を知らない」
その亜人はそこで一度口をつぐみ、俯いた。
「……だが、外を知れるのなら」
「知りたい?」
こくり、と亜人は俯きつつも頷いた。
「僕たちは、ここを出る。カジャロプと、エキドゥナを倒す」
僕は再び翼を広げた。
焼け焦げた蔦の先が少しずつ復活している。上の方の蔦も、そろそろまたルビーを襲い始めているかもしれない。
戻らなきゃ。
「待って」
蒼い瞳の亜人が、金属製のマスクを持ち上げて装着した。
「本当に、お前たちは外を見せてくれるのか?」
「……うん」
僕は再び答えた。
「その為に来たんだから」
ルビーにも言われた。
勝つんだ。僕たちは勝って、洞窟を出る。僕たちの勝ちとはつまり何か。
ここの亜人を解放しにきたのが、そもそもの目的だ。だからそれが成し遂げられてこその勝利だ。
「わかった」
蒼い瞳の亜人は、すうっと息を吸い込むように両手を広げる。
「契約者より悪魔エキドゥナへ。汝の体内に取り込んだ亜人を解放せよ」
ぶるぶると。
蔦に絡まっていた亜人たちが、ボタボタ落ちて行く。
その様子を僕は呆然と見ていた。気づくと、兎耳の亜人は解放された他の亜人たちを立ち上がらせて、一人一人にこそこそと耳打ちをしている。
再び、マスクをつけた兎耳の亜人が声をあげる。それに解放された亜人たちも声を合わせた。
「契約者共より悪魔エキドゥナへ。その身を硬直させよ」
その命令と共に、洞窟内に耳をつん裂くような叫び声が響いた。
「キヤアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
その叫び声は止むことなく、響き渡り続けた。
洞窟内の蔦が見る見るうちに引っ込んでいく。
見上げると、蔦がひき、遠くの方で戦っているユカリとカジャロプが肉眼でも視認できた。
僕は再び亜人たちを見る。
蒼い瞳の亜人はマスクを下げる。そしてまた、僕をその瞳で見つめ、震える声を発した。
「外を見せてくれますか」
「……!」
僕は大きく、頷く。
「必ず」
翼を羽ばたかせ、弾丸のように飛び上がった。
洞窟の蔦は動きこそ止めているが、まだ洞窟を覆っていることに変わりはない。
ユカリは大丈夫だ。
彼女ならきっと、カジャロプを何とかしてくれる。
それよりも今、エキドゥナが、動くことなく、蔦を伸ばすことができないでいる。
今のうちに蔦を燃やし尽くして、本体を叩くんだ。
洞窟の蔦に向け、もう一度炎を吐いた。
ちらりとユカリの方を見た。ユカリも、エキドゥナの底から帰還した僕に気づいたようであるが、僕を確認するとすぐにカジャロプに向かい、大きく蹴りを与えていた。
うん、やっぱりあっちは問題ない。
未だに悲鳴が洞窟内に響いている。よく耳を澄まして、この悲鳴の発せられている場所を探れば、きっとそこに、エキドゥナの本体がいる。
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