35.純白との再戦
僕らを襲う蔦を、僕は炎で迎撃する。
洞窟内をガラスの割れる音が、続け様に響いていた。
洞窟を照らす電灯の割れる音。
すっかり外と断絶され、辺りが暗闇で包まれる。
かと思うと、蔦の攻撃がピタリと止む。
僕とユカリの、翼の羽ばたき音だけが大きく耳に届く。
「ユイト、気をつけろ」
ユカリが僕の隣で低く唸った。
僕はユカリと背中合わせになり、全神経を研ぎ澄ませる。
真っ暗闇だが、悪魔の瞳には洞窟の輪郭くらいはぼんやりと見える。
地面の方は未だに大きく穴が空き、底が見えない。
……と。
その地面の穴から何かが飛んできたような気がした。
僕は構えを取る。
僕は洞窟の壁と天井に向けて炎を吐いた。
炎が洞窟内を照らす。
「……ッ!」
思わず、息を飲んだ。
洞窟の壁、天井が全て蔦で覆われている。蔦は自らを燃やしながら、炎を飲み込む。そして再び暗闇が訪れたかと思うと、何かが僕の腹を殴った。
「誰だ!?」
ユカリが叫び、その手に光の棍棒を手にする。そして僕に攻撃した何かに向けて棍棒を振り回した。
振り回された棍棒が今度こそ洞窟を照らし、僕の目の前にいたそいつの姿を露わにする。
「クソッッッダボがッッッ!」
僕の腹を殴ったそいつが、ユカリの棍棒を腕で受け止める。
「カジャロプ!」
そこにいたのは間違いなくカジャロプだった。棍棒に照らされて、純白の毛が輝く。その毛を逆立たせ、カジャロプは再び僕に拳を振るった。
「イヒヒヒ! さっきはよくもやってくれたなあ! だが! 俺を撃ったあのマブい女も、契約者もいねえ今! お前らに勝ちの目はねえ!」
僕はカジャロプの拳をこちらの拳で受け止める。僕の炎がカジャロプとの相性は最悪なのはもうわかっている。
「ユカリ!」
僕の呼びかけを待つことなく、ユカリは再度棍棒をカジャロプに振るった。
僕は翼をはためかせ、すっとその場から離脱する。
「ちぃ!」
カジャロプが舌打ちをし、ユカリの棍棒を避けた。奴の力は強いが、ユカリも負けていない。僕の腕力ではカジャロプに敵わないが、ユカリならば渡り合える。
だが、今洞窟内で僕らの脅威なのは、当然カジャロプだけではない。
無数の蔦が僕らに向けて伸びた。
明確な殺意をもって、蔦が僕らを狙い撃ちに襲い来る。
僕は襲う蔦を燃やし尽くさんと、ぐるりと回り炎を吐き続けた。
「ユカリ! 蔦は僕が何とかする!」
「……! わかった!」
ユカリはきりりとした眼でカジャロプを睨みつけ、棍棒を振り回した。棍棒がカジャロプの腕に当たり、空中でカジャロプをよろめかせる。
「てめえらあああ!」
カジャロプの怒号が響き渡る。ユカリは構うことなく、次の攻撃をカジャロプに向ける。
僕も自分のやれることをやるべきだ。
洞窟に閉じ込められてから、何度かスフィさんに呼びかけたが、返事が返ってこない。どうやらバイオフォンの通信すらも、洞窟を覆う蔦は遮断したようだ。
その現象が、蔦が悪魔由来のものである、ということを決定的にしている。
契約者の亜人たちは、エキドゥナという名前を口にしていた。
本体が見当たらないが、おそらく今この洞窟内で、四方八方を蔦に囲まれた僕らはエキドゥナの体内にいるようなものだ。
洞窟内を飛び回りながら、壁と天井に向けて炎を吐く。
蔦が炎で包まれて灰と化し、次々に底なしの地面の奥に吸い込まれていった。
この調子で燃やし尽くしてやる。
自分を燃やそうとする蔦が、全て僕目掛けて伸びて来る。その全てを迎撃し、燃やしていく。
この蔦ならば僕の炎に敵わない。洞窟中を覆い尽くしたところで、限界はあるはずだ。それまで蔦を、燃やして燃やして燃やし続けるんだ。
カジャロプとユカリが互いにしのぎを削る中、僕はユカリの邪魔にならないように蔦の攻撃を防いでいく。暗かった洞窟が、蔦を燃やす炎で包まれる。
それはカジャロプに対しても効果を発揮しているようだった。
カジャロプの吸熱が、洞窟内の炎の熱を吸収するのに精一杯なのか、ユカリに触れても僕やジャグジをカジャロプが襲った時のような冷気が発生していない。
それにカジャロプが目に見えて苛立ち、ユカリがその隙を棍棒で殴りつける。
カジャロプは僕らには勝ち目がないなんて言っていたがそんなことはない。
「僕らを甘く見たな」
僕は蔦を燃やしながら、カジャロプの前を飛び、奴に向けて言葉を放つ。
「クソダボがッ! それはお前らも同じだ!」
カジャロプはぴたりと動きを止めたかと思うと、底なしの地面に向けて滑空した。
ユカリもそれを追い、見えない底に向けて飛ぶ。
「ユカリ! 待った!」
嫌な予感がして、ユカリに呼びかけたが、既にカジャロプもユカリも声が届かない程に下へ下へとおりている。
僕は翼を折り畳み、全速力で底なしの地面に落ちた。
「ユカリ!」
底なしの底から、さっきまでとは比べ物にならない程の蔦が、まるで地面そのものが迫り上がってくるように襲う。
炎を吐いたが、蔦の質量が大きすぎる。蔦は炎をすぐに飲み込み、ユカリに向けて伸びた。
何とかユカリに追いつき、下の方からユカリに突進して彼女を突き上げた。
「あっ」
その瞬間、僕の脚に蔦が巻きつく。
ユカリは苦悶の表情を浮かべながらも、翼を高速で羽ばたかせ、上昇した。
ユカリの姿が段々と小さくなる。
脚に巻きついた蔦が、僕を奈落の底へと引っ張っていた。
見る見るうちに視界が蔦で覆われ、何も見えなくなる。蔦の棘が身体中に刺さり、強く傷んだ。
僕は負けじと目の前だけでも蔦を燃やす。だが、いくら燃やしても蔦が減るように思えない。
負けるか。負けるか。負けるてなるものか。
僕らに『勝って』と言ったルビーの命令を思い出す。
契約者の命令だ。悪魔が応えてやらなくてはどうする。
僕は深く息を吸い込み、これまでで一番の最大火力を思い浮かべて、大きく炎を吐いた。
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