2.命令は絶対服従。

「カキザッキュートとやら」

「違います。柿崎結兎かきざきゆいと。ユイトでいいです」

「ではユイト。どうもお前は、思ったよりもだいぶ……なんというか、悪魔らしくない」


 ──だって僕、悪魔じゃないし。

 だけど、今の自分の姿は確かに、僕から見ても悪魔と呼ばれても仕方がないようにも思う。


「えっと、差し支えなければえっと、あなたに……」

「スフィだ。」

「えっと、スフィさん」

「さんはいらない、スフィだ」

「なんでもいいんですけど、スフィさん」

「……まあいいか。どうした」

 スフィさんはムッと顔をしかめたが、ため息をつくと仕方なさそうに言った。


「僕のおかれた状況について、詳しく教えてくれたら……と思うんですけど」

「そうか、呼ばれたばかりで混乱しているのだな」


 スフィさんはゴホン、と咳払いをした。


「まず、ここはキブスタン国の一角、ティプトンと呼ばれる街にある、おれの研究室だ。ここで悪魔召喚の儀式についての研究をしていた」


 ──待て待て待て。

 いきなり情報が入ってこない。

 キブスタン国ってなんだ。ティプトン? 全く聞いたことがない。


「キブスタン国では、悪魔召喚の儀式は国の一部でしか認められていない技術でな。おれも手探りで試行錯誤を繰り返していた結果、ユイト、お前という悪魔の召喚に成功したわけだ。わかるか?」


 ――何もわからない。


「困ったな。どこから言えばわかるものか……」


 スフィさんが頭を掻いていると、ドタドタと部屋の外から誰かが走るような音が聞こえてきた。


「師匠! しっしょう! さっきの音はなんですか! もしかして、もしかして成功したんですか!」


 バタン、と部屋の扉を勢いよく開けて、外から女の子が入ってきた。

 短めのプリッツスカートを履いていて、女子高生のセーラー服のようにも見える服装だが、それよりもあるものが目に入る。


 ──彼女の耳は、長く伸びている。


 ぴょこぴょこと動くその耳は白くふわふわの毛で覆われていて、頭二つ分くらいの長さだ。

 ピンと頭上まで耳が立っていて、うさぎの耳のようだ、と僕は思った。


「ルビーか。ああ、見ての通りだ」

 スフィさんは僕を親指で指差して、自身の成果を誇るように笑った。

 つまるところ、全力のドヤ顔である。


「う、うおお! すげえ! でけえ!」


 ルビーの耳が、彼女の顎の下まで下がる。

 その耳は小刻みに震えていた。


「えっと」

 僕は思わず、そんな風に忙しなく動くルビーの耳を見てしまう。

 ルビーは恥ずかしそうに耳を隠すかのように垂れる両耳を押さえたが、まるで隠せていない。


「な、なんですか!? そんなにこの耳が珍しいですか!?」

「ルビーは見ての通り、亜人でな。おれの助手みたいなことをしているが、あまり耳に注目されるのは好きじゃないんだ。ほどほどで、勘弁してくれないか」


 見ての通りって、飲み込めない情報がまた増えているんだけど。

 その毛と同じように、ルビーの肌は雪のように白い。ただ、大きく丸い目とぴょこぴょこと動く様子は、個人的には綺麗というよりも可愛らしいという形容の方が似合う。


「師匠。この悪魔、こんだけ大きいと、どうやってこの部屋から出すんですか?」


 ルビーが耳を押さえたまま、スフィさんに聞いた。

 確かに。今、ルビーが入ってきた扉はとても今の僕が通れるとは思えない。


「それはまあ、壁を壊して出てもらうしかないんじゃないか?」

「ええ!?」


 あっけらかんと答えるスフィさんに、ルビーが大袈裟に驚いた。


「仕方なかろう。悪魔召喚には無事成功したし、この研究室も用済みだしな」

「師匠! だからと言って部屋壊すのちょく決定は豪快すぎると思います!」

「いいんだよ、別に。そうだ、丁度いい。この悪魔に命令してみるか」


 スフィさんがにやりと口元を歪ませて、その手に持っていた板を僕に掲げて、口を開いた。


「我、スフィリーク・キュビュイズが悪魔カキザキ・ユイトに命ずる。壁を壊し、研究室の外に出よ!」


 スフィさんがそう声に出すと、急に僕の胸のあたりが熱くなるのを感じた。

 見ると、何か僕の左胸に複雑な紋様が刻まれていて、その紋様が赤く光っていた。


「え、何これは……」


 何がなんだかわからずに呆けていると、右胸の紋様の辺りが痛み出した。


「痛い痛い痛い!」


 ──激痛だった。

 まるで、ナイフで思い切り切り刻まれたみたいな鋭い痛みが、左胸を中心にして、徐々に徐々に全身に広がっていく。


「どうした。言われた通りにしないと、痛みは広がるばかりだぞ。召喚者の命に従わない悪魔には、想像を絶する痛みが与えられる」

「なんだって!?」


 ──痛い。痛い痛い痛い。

 僕は足を一歩前進させた。

 すると、痛みが少しおさまった。


「そうだ、そのまま壁を壊して外へ出るんだ!」


 まだじんじんと痛みが全身に広がっている。だが一歩、もう一歩と歩みを進めると、少しずつ痛みがやわらいだ。


「ああ、もう! なんなんだよ!」


 僕はぶん、と腕を振るいあげた。

 腕は部屋の壁にぶつかり、壁がガラガラと音をたてて崩れる。

 僕はスフィさんの言われるがまま、部屋の外に出た。


 ──痛みがひいた。

 先程までの激痛が嘘だったかのように、すうっと、マッサージを受けているみたいな心地よい感覚が全身に広がった。


「よし! 上出来だ!」


 腰を抜かしたルビーの横で、スフィさんが満足気に頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る