3.人間体への変化
部屋の外はいきなり屋外、というわけではなく、大きな広場のような空間だった。
上を見ると、天窓で覆われているが、それはところどころ割れたり、僕が今しがた開けた以外にも、壁に穴が開いたりしている。
「もう! むちゃくちゃしないでくださいよ!」
ルビーが僕の開けた壁の穴からぴょん、と飛び出してきた。
「すまんな、思い立ったらまずは行動がおれの信条なものだから」
続いてスフィさんも、ゆっくりと向こう側からこちらの大広間にやってくる。
どこをどう見ても、僕の知っている場所ではない。
自分の姿にも、亜人とかいうルビーにも、スフィさんの説明になっていない説明も、何もかも飲み込めない。
──そうか、夢か。夢だな、これは。
あはははははは。
「これでこの悪魔が、おれの命令に従うしかないことも証明されたわけだ。うん、重畳重畳」
びくびくと怯えながら近づいてくるルビーに、腰に手を当てて笑いながら近づくスフィさん。
「めちゃくちゃ痛かったんですけど、なんなんですかこれ」
僕は左胸の紋様をさすった。
紋様の光は消え、もう皮膚と同化して、よく目を凝らさないと見えない。
今はもう痛みも、壁を壊して外に出た時に感じた心地よさも何も感じない。
「悪魔との契約印だ。召喚された悪魔は、召喚者の命令に従わなければ、その契約印から痛みを与えられる。場合によっては契約印を結ぶことに失敗してしまう場合もあるらしいが、そこはおれ、失敗はあり得んな」
──さっきから思っていたことだけど、この人すごい自信だな。
「とにかくユイト、お前が現状を認識しようとしまいと、おれの命に従わざるを得ないと言うことだな」
──そしてさらっと説明放棄宣言したな。
「だが、その図体ではな。悪魔は自身の姿を人に擬態させられる、とも聞いたがユイト、お前はできないのか」
「できないのかって……」
そもそも自分が何でこんな姿になっているのかすら理解していないのに、そんなことを言われてもどうしようもない。
「そうだな、よし。こうしよう」
すっと、さっきと同じようにスフィさんは手元の板を掲げて僕を見る。
──えっと、ちょっと待って。
すごい、嫌な予感がする。
「我、スフィリーク・キュビュイズが悪魔カキザキ・ユイトに命ずる。その巨躯を変え、人の姿に擬態せよ!」
その瞬間、ちくり、と痛みを感じた。
左胸からじわじわと、さっきと同じ、身体を切り刻まれるような痛みが全身に広がる。
「痛い痛い痛い! だから! それ! すごく! 痛い!!」
叫び声をあげていないと我慢できないくらいの痛みだ。
つう、とあまりの痛みに涙が流れるのを感じる。
僕は自身の巨体を横たわらせ、のたうちまわった。
痛い痛い痛い!
──人に擬態しろって!?
やり方もわからないのに!
だが、そうしないとこの痛みは消えないのだ。
「僕は人間だ僕は人間だ僕は人間だ僕は人間だ。僕は人間! だ!」
僕は自分に言い聞かせるように、痛みの中ぶつぶつとそう言葉を繰り返した。
くそ! めちゃくちゃしやがって!
何でもいいからこの痛みから解放してくれ!
そのことだけで頭がいっぱいになる。
そもそもどうしてこうなった?
僕はいつものように、家に帰ってきて。
そう。確か、大学卒業に必要な単位を取れたお祝いに、一人でお祝いのつもりでお酒を飲んで、そのまま眠りについて。
──なんっっっにも変なことはしてないのに!
よくわからない研究室で目を覚まして、綺麗だけどよくわからない女の人によくわからない話をさせられて? よくわからないうさ耳の女の子がいて、僕はなんかよくわからないけど悪魔になっていて!?
──なんもかんもよくわからん!
そもそも僕は最初から人間なの!
ああああああ、と言葉にならない叫び声をあげる。
すると、周りに蒸気があがってきた。
蒸気は僕の身体を包み込んでいく。紋様からの痛みとは別に、身体を捻られるような鈍い痛みを感じたが、そのかわりに刺すような痛みがどんどんとひいていった。
「はあ……ッ、はあ……ッ!」
全速力で何キロも走った時みたいに、僕は息絶え絶えになる。
シュウウっと音を立てて、身体から蒸気が出続けているのがわかる。
紋様からの刺すような痛みも、身体が捻られるような痛みもなくなり、全身をびくびくと動かしてしまうくらいの心地よい快楽感を覚えた。
蒸気が徐々に消えていくと、僕の呼吸も整ってきて、むくりと起き上がることができた。
スフィさんが僕を見下ろしていた。
「できたじゃないか。重畳重畳」
僕は自身の身体を見る。
腕や胸にはまだ黒い毛が残るものの、その身体の大きさは、僕にとってはよく馴染む。
──人間の身体だ!
僕はそう喜んだが、ズキンと痛むものを感じて頭をさすろうとすると、邪魔なものがあるこがわかった。
ヤギの角みたいにねじれた2本の角は、小さくはなったものの、こめかみのあたりから生えたままのようだ。
「ふむ。角は少し気になるが、帽子かなんかで隠せる程度だし、問題ないな」
スフィさんが満足気に頷く後ろで、ルビーが顔を真っ赤にして両手で自身の目を隠していた。
「ど、どど、どうでもいいんですけど、その格好、な、なな、なんとかなりませんか」
ルビーが恥ずかしそうに紡ぐ言葉に、僕は改めて自分の身体を見た。
「あー、えっと……そうか」
先程までの、ゴリラみたいな体毛の身体ではない。人間の身体で、僕は全てを曝け出していた。
この場には僕以外女の人しかいないっていうのに。
僕は股間を手で隠して、しゃがみ込む。
「えっと。す、スフィさん。な、何か着る物って、ありますか?」
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