24.亜人ショップ
「いらっしゃいませー」
僕らが店内に入ると、元気な店員の声が向けられた。
活気付いた店内の壁にあるショーウィンドウが目に入る。
ショーウィンドウは小分けにされており、それぞれが小部屋のようだ。
ウィンドウの中には、亜人が入っている。
身体中の豊かな毛並みや、こめかみから生えた耳がある亜人たち。
亜人たちはどれも裸で、服を着ていない。ある者は興味深そうに客を見つめ返し、ある者は毛布にくるまって眠っている。
僕はルビーをマッサージした時のことを思い出し、目のやり場に困った。
──ここは亜人ショップ。
ティプトンの街から車を走らせて、二時間程すると、大きな建物に到着した。辺りは広々とした平野だが、建物の中に入ると、色々な店がずらりと並んでおり、所謂スーパーマーケットのような商業施設であることがわかった。
ティプトンとは違ってロボットはほぼおらず、ほとんどが人間の客だ。
親子連れから老夫婦、一人の客から、店への呼び込みをする店員や、施設の床を掃除する清掃員も見かけた。
コルキッソスと呼ばれるこの地域は、上界からの客もショッピングをしに来る場所で、故にこれだけ活気があるし、衛生観念もセキュリティも行き届いているのだ、とスフィさんが教えてくれた。
亜人ショップは、その商業施設にある店の一つだった。
この世界での亜人の扱いを知りたいのなら、ここに来るのが手っ取り早いと、スフィさんに連れられて来た。
「何かお探しでしょうか」
ショップ店員の一人が、スフィさんに話しかけた。
店員は、スフィさんの後ろにつく僕とルビーを見て、にっこりと笑う。僕はいつものように、頭の角が見えないようにフードを被っているが、ルビーの方は以前僕のあげたセーラー服だ。
コルキッソスの店に着いてから、ルビーはいつものようにお喋りをすることはなく、ただ静かにスフィさんの後ろに着いている。
「素敵なお召し物ですね! 亜人用のお洋服をお探しですか? 当店では、多種多様な亜人に合わせた服飾を取り扱っております」
「ん、そうだな。新しく亜人をまた一体、譲り受けられないかと思ってな。ここの亜人は、皆躾が行き届いていると聞いたから」
「はい! 当店でお取り扱いしている亜人達は皆、人語の理解、一般的な家具や食器の扱いは躾済みです」
「まだどうするかは決めかねている。気になった奴がいたら声をかけるよ」
「かしこまりました! どうぞごゆっくりご覧ください」
店員は頭を下げて、スフィさんから離れると、今度は新たに店に入ってきた別の客の方についた。
どこか既視感もある異様な感覚を覚えながらも、店内を見渡す。
ショーウィンドウから少し離れたコーナーでは店員の言葉通り、亜人用の服も売っていた。
亜人の主人らしき人が笑顔で亜人に着せる服を選んでいる。その亜人も、嬉しそうに主人の要求に応えて自ら服の着脱を繰り返していた。
──そうか、と思う。
既視感があるのは当然だ。
ここは日本のペットショップの在り方によく似ている。ただゲージにいるのが犬猫ではなく、亜人である、というだけで。
確かに、ペットや家畜に人権はない。
だけど、僕の知る限り、だからといって犬猫や牛や鶏を必要以上に乱暴に扱う人もそう多くはない。
それどころか、人によっては家族の一因として、彼らを受け入れる。
だけど、僕から見れば人間と変わらない姿の亜人たちがこうして何も身につけない裸の姿でじろじろとお客に見られる様子を見ると、どうにも複雑な気持ちになる。
「どうだ、ユイト」
スフィさんが小声で僕に話しかけた。
「……ここが特別、ってわけじゃないんですね」
「そうだ。まあ、特別と言えば特別か。ここコルキッソスの亜人ショップは、他と比べてもかなり亜人の体調管理なんかも気にしているし。様々な理由で主人不在になった亜人を引き取るボランティアもしてるような、超優良店だ。その分、亜人引取の際も値が張るが、文句を言う話は聞いたことがないな」
亜人の売買が上界では厳しく管理されている、という話を聞いた時に僕が想像した光景とだいぶ違う。亜人の人身売買、そのものが禁止されているものと思っていた。
僕がそう思ったのは、イリーナ商会で、精気の感じられない亜人たちを見たせいもある。
この店に来る前にそれをスフィさんに聞いてみると、少し困ったような顔をした。
「多分、ユイトは勘違いしているが、亜人の売買は人身売買にはあたらない」と。
一瞬、言われた意味がわからずに質問をしようとしたが、何がわからないのかに言及するのは難しかった。
そんな僕を見て、スフィさんは言葉を選びつつ、説明を続けた。
「あー。亜人は人間ではないから、人間と同じような権利は持たないし、それは当然悪魔も同じだ。あくまで悪魔も亜人も、コモン多元宇宙論をもとに作られた技術を利用する為に必要なものだからだ」
「師匠師匠。一度、私以外の亜人をユイトさんに見てもらったらいいのでは? ユイトさん、私かイリーナ商会のとこにいた戦闘亜人しか見てませんし」
「そうだな。一度、見てもらうか──」
──と、それで連れて来られたのがここだ。
なるほど、確かに百聞は一見にしかず。口で説明されるよりも、亜人の扱いをよく理解できた。
きっと、この世界でも亜人達が暴力に晒されるようなことは忌むべきことなのだろう。
ただ、人に似ているというだけで亜人は人ではない。だから亜人の売買は人身売買とは違う。けれど、だからといって亜人の全てが鞭打たれて使役されるようなこともない。
「よくわかりましたよ、スフィさん」
「そうか。折角コルキッソスに来たからには、調達したいものも沢山ある。少し買い物に付き合ってもらうぞ」
「はい、それは──喜んで」
僕は少しだけ、胸のあたりに気持ちの悪い、所在のない感情を覚えながらも、スフィさんとルビーと一緒に、亜人ショップを出た。
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