23.悪魔と亜人
「気を取り直して、だ」
スフィさんはごほん咳払いをして、僕に手を伸ばした。僕はタブレット端末をスフィさんに渡す。
当のルビーはまだ耳をぺたんと閉じて顔を伏せていた。
「うう……ユイトさん、すみません。わたし、調子乗りました……」
「い、いや、良いよ。またやってほしければ、やる、し……」
「えっと、それは、その、ありがとうございます……?」
なんか変な感じになった。
「……よし、問題なく動いてるな」
スフィさんはタブレットをルビーに提示した。ルビーはおそるおそるタブレットを受け取り、両腕で抱きしめるようにして持つ。
「大丈夫ですよ、ルビーからの命令も契約印を通じて感じたので」
僕がそう言うと、スフィさんがにやにやと嫌な笑みを浮かべた。
「それであんなことになってたのか。もっといい命令あったろうに」
「し、師匠には言われたくありません!?」
ごもっとも。
スフィさんの最初の命令も、あれはあれでもっとやりようあったはずだからね、やっぱり。
「それはさておきだ。ルビーにも専用の命令端末が渡ったことだし、今後について話をできれば、と思う」
スフィさんの言葉に、ルビーがようやくぴょこりと耳と顔をあげた。
顔はまだうっすら赤らんでいるが、その目は真っ直ぐにスフィさんを見つめている。
「師匠……もしかして」
ルビーがごくり、と唾を飲み込む。
スフィさんも、ルビーの目を見つめ返し、頷いた。
「イリーナのところの兵隊が、亜人ばかりであるのが気にはなっていた。奴ら、違法に亜人の売買も行っていたことが、ジャグジに聞いてわかったよ」
──亜人の売買。
その言葉に僕は少し、肌にひりつくものを感じた。
──この世界で、亜人とはどういう存在なのか。
「亜人の売買は本来、上界に厳しく管理されている。亜人が下界に蔓延れば、上界のアドバンテージの消失にもなるからな。それを無視して、イリーナが亜人を多く所有していたことは、おれも気になっていた。背後にダ・シガーのシノギがあったのは間違いない」
「ちょ、ちょっと待ってください」
一息に色々なことを口にするスフィさんを、僕は思わず静止した。
「忘れてないとは思いますけど、僕はこの世界の情勢に疎いので、スフィさんの言うことがほとんど理解できなかったんですが……」
「そうか、そうだな……ルビー、どこから説明したらいいと思う?」
「はう!?」
いきなり話を振られたルビーが、驚いて変な声を出した。
「わたしに説明丸投げするのやめてください!? そ、そうですね」
ルビーも咳払いをして、少しの間考え込むようにしてから、僕の方を見た。
「ユイトさんの世界に亜人はいないんですよね?」
「亜人が何を指しているのかによるけど、僕の世界では、えーっとそうだな、こうやって言葉を使って会話するのは、スフィさんみたいな姿をしている人たちだけ。僕も向こうの世界ではそういう人間だった」
「人間、そうですね。その表現で大丈夫です」
「そもそも亜人って何なの? いや、僕の世界にもその言葉はあるんだ。人間に近い特徴を持った、人間ではない生き物。実際には存在しないけど」
亜人はあくまで、神話や伝説の中だけに存在するもの。この世界では当たり前の存在なのかもしれないけど、同じ言葉でも、多分その言葉の意味は異なっていると思う。
そう思っていたが、ルビーは僕の言葉に頷いた。
「そうですね。こちらの世界でも、元々はそうです」
「え?」
──そう、ってのはどういうことだ?
困惑する僕を見て、スフィさんがルビーの言葉を継いだ。
「亜人の因子はこの世界のものではない。悪魔と同じだ。コモン多重宇宙論を覚えているか?」
「確か、この世界とは別の宇宙が存在し、悪魔召喚とはその別の宇宙にいたものをこちらの世界に引っ張り出すものだ、とかなんとか?」
「だいぶ端折った解釈だが、まあそれで合ってる。悪魔という存在は元々、この世界の神話や伝承によく現れる、人でないが人に支えるものの総称だ。別の宇宙の存在をこちらの宇宙と重ねることで、こちらの宇宙の物理法則では到底なしえないようなことも、できるようにした。それがコモン宇宙論ならびに悪魔召喚がこの世界に成した偉業だ」
──ややこしいが、ギリギリ理解できる。
逆に僕のいた世界に悪魔だとかモンスターだとかそういうファンタジックなものが現れることを想定した方が、僕にとってはわかりやすいんだと思う。
──例えば、悪魔には翼がある。
だが、僕の世界で悪魔は本当に空を飛ぶことができるか?
ドラゴンならどうだ? よくあるテンプレートな、ずんぐりむっくりとした図体に小さな羽が生えているような生き物が飛べるか?
魔法はどうだ? 何もないところに、炎や氷を生み出したり、人を治癒したりすることを、科学的に説明できるのか?
──コモン宇宙論では、そういうことを考えるのは無意味だと言っている。
もしも普通にドラゴンがいる世界があるとして。
もしも普通に魔法を使える世界があったとして。
その別の世界が、もしも僕のいた世界と重なってドラゴンや魔法が現れても、その世界ではそれが当たり前なのだから僕のいた世界でもそうなる。
「悪魔のような生き物が、空を飛べるはずがない。だが、悪魔が存在するような世界では普通に悪魔は空を飛ぶ。だから、こちらの世界の物理法則的にはあり得ないが、悪魔は空を飛べる。悪魔召喚とは、そういう技術だ。他の世界の法則で動く存在を、この世界に引っ張り出す。ここまではいいか?」
「な、なんとか……」
「だが、悪魔のいる世界の法則が成り立つのは悪魔のまわりだけなんだ。悪魔を観測していない場所では、悪魔の世界の法則を成り立たせることはできない。それでは、別世界の法則を技術として使うことなど不可能だ」
悪魔が空を飛べる、というのはその悪魔にだけ成り立つだけで、他の人間が同じように翼を生やせたとしても飛べない。
「もしも魔法使いが別世界に存在していて、その魔法使いがこの世界に現れたとしても、魔法を使えるのは魔法使いだけで、他の人間に魔法は使えない」
そんな自分の解釈をスフィさんに伝えると、スフィさんは嬉しそうに首を縦に振った。
「その魔法使いのたとえはいいな。わかりやすい。そういうことだ。魔法を使えるのは魔法のある世界からきた魔法使いだけ。だが、こっちとしては、魔法使い以外にも魔法を使えるようにしたい」
そのためには、魔法使いが生きる宇宙を、よりこの宇宙と重ねる必要がある。
「魔法使いが一人ならばそれは例外的だが、魔法使いが百人千人といたらどうか。こちらの世界でも魔法の存在は常識になる。そうなれば、魔法使いでなくても魔法を使えるような環境が整う」
それが以前、スフィさんが説明していた特殊宇宙構成濃度、通称魔素濃度の説明。
「だが、現実的に魔法使いを、具体的に言えば悪魔をこの世界に何体も召喚するのは難しい。制御不能となれば、この世界そのものが別の宇宙に飲み込まれちまうかもしれない。それを防ぐために考案されたのが亜人運用だ」
「亜人運用……」
「亜人と一言で言っても大きく分けてその存在は二種類あるんだが、平たく言えば、今この世界にいる亜人のほとんどはな、悪魔を繁殖させた結果うまれた存在だ」
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