27.戦闘訓練

「ユイトさんは身体の使い方がよくないんです」


 僕はルビーと人間態のまま、いわゆるスパーリングをしていた。


 ルビーの命令端末探しから始まって、コルキッソスへのショッピング、それと悪魔と亜人の関係についてのレクチャー。

 色々なことが重なって、以前ルビーに頼んだきりになっていた、戦闘訓練について改めて時間を取ってもらうことになったのだ。


 ダ・シガーのところでも、亜人戦、最悪の場合は悪魔戦になることはわかっている。

 亜人の売買をしきりに行なっているということは、その商品である亜人を調達するシステムがあるということ。それがどういうものかは行ってみなければわからないが。


 一番単純なのはダ・シガーがやはり悪魔を使役している可能性だ。

 悪魔を交配させ、亜人を繁殖させる。


 それが最も手っ取り早い。その場合、最低でも二体の悪魔がいるということになる。

 こちらにも僕とユカリとで悪魔が二体。

 だが、それ以上いないとも限らず、二体二で五分の戦いができるかというと……。


 僕の力そのものは弱い。力ではタウラス状態のユカリの方が上だし、技術ではルビーの足元にも及ばない。


 やはり、スフィさんの役に立つためにも、できればもっと力が欲しい。


 それが今の僕の、偽らざる気持ちだった。


 それを改めてルビーに伝えると、ルビーも快く訓練に付き合ってくれた。


 聖堂の大広間で、組み合っている僕とルビーを、ユカリが遠目で見ている。スフィさんから建物を出てはならないが、好きにしていい、と命じられているが、やはりそうなってやることと言えば、ユカリにとっては僕の近くにいることになるらしかった。


 スフィさんはまたジャグジと話があるそうで、地下牢に赴いていた。

 僕が拳でも蹴りでも良いので何か攻撃をして、それをルビーが受ける。僕はルビーの身体か頭に攻撃を入れられるまでこれを繰り返す。

 だが、僕の攻撃は全てルビーにかわされ、通じたと思ってもルビーの手足に防がれるかして攻撃が当たらない。


「くそ、なんで」


 わかってはいるが、思っていた以上に身体が動かない。悪魔の身体になって、向こうの世界にいた時よりは思い通りに身体を動かせると思っていたが、それでもルビーの動きについていけない。


 確かに自分が、悪魔のパワーに頼り切りだったことを痛感した。


「ユイトさんは悪魔ですが、それでもやはり、対人の時には筋肉の動きを読み取れる。それをわたしは先読みして、防ぐことができます」


 悪魔の身体では疲れも溜まりにくいが、あまりに通用しないことには精神的に来るものがあった。だが、ルビーも話しながらファイティングポーズを崩さないので、僕もそれに応える。


「じゃあ僕もそれができたら」

「駄目です」


 ルビーは言葉を交わしながらも、しっかり僕の攻撃を防ぐ。


「ユイトさんが戦闘技術を必要とするのは、実質悪魔だけです。悪魔の身体の動きは人間より読みにくい。それに翼で飛んだり、ユイトさんみたいに火吐いたりなんでもありです。対人間の目を養ってもほとんど無意味です」

「なるほど」

「だから、ユイトさんが身につけるべきは、こうして身体を実際に動かして、自分の身体の動かし方を学ぶことです。それも一朝一夕に身につくことではありません。ユイトさんが望むなら、毎日わたしはスパーリングに付き合いますから」

「あ、ありがとう。よろしく」

「いえ、こちらこそ」


 そんな会話をする間にも全く攻撃が当たらない。ジャグジのアジトやイリーナ商会での戦いでも目の当たりにしたルビーの凄さを改めて体感していた。


「一旦この辺りにしましょうか」


 ルビーが僕の振るった拳を手のひらで受け止めてそう言った。

 僕も腕を下ろして、その場に座った。


「駄目だ。全然敵わない」

「でも悪くないですよ。ユイトさん、段々と動きがよくなってきてましたし」

「ほんと?」

「ほんとです」

「ユイト」


 びっくりした。ルビーと話しているところを、背後から急にユカリに抱きしめられていた。

 それを見るルビーは、毛も耳も逆立ち、眉間に皺が寄っている。

 僕は慌ててユカリを身体から離して、彼女に向き合った。


「ど、どうしたのユカリ。っていうか名前」


 多分、ユカリに名前を呼ばれたのは初めてだ。今までそういう場面が特になかったからというのもあるが。


「名前覚えてたの?」

「ご主人とうさぎの話聞いてて、覚えた」

 そう言ってユカリがルビーを指差す。


「……う、うさぎ?」

 ルビーの肩がわなわなと震えていた。やっぱりこの二人相性最悪だな……。


「ユイトは、戦いたい?」

 ユカリは首をそう言って傾げる。じっと僕らを見ていたのに急に近づいてきたと思ったら、それを聞きたかったのか。


「いや、戦いたいというか……今やってたのは模擬戦だよ。強くなる為に、訓練がしたいんだ」

「それが、ユイトがしたいこと?」

「そうだけど? あ」


 そうか。

 ユカリは僕に対して恩返しを望んでいた。僕が望むことがあれば、なんでもすると。


「うん、そうだよ。よかったらユカリも一緒に協力してほしい」

「ユイトさん!?」

 ルビーが驚いたように大声を上げた。


「さっきルビーも言ったけど、対人間の訓練だけじゃこれから不十分でしょ? まだ悪魔態になっての模擬戦は早い……っていうかこんなとこでやるのは危ないからやらないけど、いつかは必要でしょ。それに僕のやりたいことに付き合ってくれるようになれば、ユカリも普段から僕の後をついてきっぱなしってこともなくなるだろうし」

「う、それは確かにそう、ですけど」

 ルビーがもごもごと言い淀んだが、僕の言い分はその通りだと考え直したらしく、長いため息をつき、両腰に手を当てた。


「わかりました! 良いでしょう。そこの牛娘も訓練に加わってもらいましょう。後で師匠にもことわりを入れておかないとですね」

「よろしく。ユイト、うさぎ」

「ルビーです!」


 ぎゃー、とルビーがユカリに飛びかかったが、ユカリはそれをひょいと避ける。

 ユカリもタウラス状態の時の動きには目を見張る者があったし、人間態になると更に動きに磨きがかかっているように見えた。

 良い師匠が一人増えた。

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