28.新武器ディメンションキャプチャバレット

「それですか?」

 透明なケースの中に入っていた大型の銃をジャグジが持ち上げたのを見て、僕が訊くと、彼女は頷いた。


次元拘束弾ディメンションキャプチャバレットとそれを撃ちだす為の銃身。この下界じゃあただのオモチャだったが、今回は役に立つだろう」


 ジャグジは自分の身の丈程もある銃を持ち上げ、構える。

 カチリ。引き金を引いたが、何も起こらない。


「ふん」

 ジャグジは鼻を鳴らし、銃を肩に担ぐ。


「この通り。魔素濃度の低いところでは運用不可能というわけだ。だが、お前とタウラス、それにダ・シガーのもとにいるかもしれない悪魔、それだけ悪魔がいればこいつも使えるだろう。ま、本番で試すしかない」

「地下牢でスフィさんと何を話していたかと思ってましたけど、これのことだったんですね」

「そうだ。悪魔がいるかもしれねえってところに、生身の人間が何の準備もないままに赴くわけにゃいけねえからな。んなことすりゃ、一瞬でぶち殺されるのがオチだ」


 僕とジャグジの二人は、ジャグジたちの元アジトの地下に来ていた。

 ジャグジが今回のミッションで使えるかもしれない武器を、アジトに保管していた商品の中にあるというから、ジャグジの案内に従い、その武器を取りに来ていた。


 ユカリやルビーを連れてこなかったのは、万が一この武器、次元拘束弾ディメンションキャプチャバレットが作動した際のことを考えて、だ。


「失礼します」


 僕はスフィさんから貰っていた金属板を、ジャグジの担ぐ銃の銃口に近づけた。金属板は銃口に触れると、ガチャガチャと音をたててみるみる変形し、銃口を塞いだ。


 詳しい仕組みはよくわからないが、これでスフィさんが許可を出さない限りは弾を撃つことができなくなるらしい。

 安全装置みたいなもの、だとか。


「スフィさん、多分できたと思います」

 僕がそう口に出すと、耳元からスフィさんの声が聞こえた。


『よし。ではユイト、そのままジャグジと次元拘束弾ディメンションキャプチャバレットと一緒に戻って来い』


「了解しました」


 僕の耳から聞こえてくる声は、スフィさんが大聖堂からリアルタイムに送ってくる指示だ。僕自身はイヤホンやマイクを装着していないのに通話が出来る、というのは不思議な気持ちだ。


 バイオフォンというらしい。

 僕はジャグジと元アジトに来る前に、スフィさんに注射を打たれた。注射され、体内に埋め込まれたそれがタブレット端末や電話なしでも遠距離での会話を可能にしていて、高性能なものは音声のみならず映像すら共有することが出来るのだとか。


 僕の元いた世界でも、似たようなものは開発されていた筈だが、一般に普及されるようなものではない。


 やはり、悪魔の影響で技術水準はこの世界の方が格段に上なのだということを、こういうところで改めて理解する。


 オンオフはスフィさんの持つ手元の端末で行うので、いつもいつでも通話状態というわけではなく、スフィさんと僕は任意の時だけ音声共有をすることが可能だ。


 このバイオフォンがちゃんと使えるかを確認するのも、僕とジャグジだけでアジトに来た目的の一つである。


『寄り道するなよ』

「わかりましたよ」


 寄り道と言っても、ジャグジと一緒に寄りたいようなところは別にない。


「スフィリークはなんと?」

 ジャグジが僕に訊いた。今スフィさんの声が聞こえているのは僕にだけであり、ジャグジには聞こえていない。


「寄り道せずにすぐに帰れよ、だそうです」

「母親か」

「……ふっ」


 ジャグジの突っ込みに、思わず吹き出してしまった。


「どうした?」

「いや、その通りだなと」

「……そうか。まあいい。戻ろう」


 僕とジャグジは地上に出て、車に乗った。

 次元拘束弾ディメンションキャプチャバレットは荷台に載せて縄で縛り固定した。


 イリーナ商会に行った時と同じく、ジャグジの運転だ。

 僕が運転できればそうした方がいい、というのがスフィさんの意見だったが、生憎僕は元の世界でも運転免許を取っていないし、そもそもこちらの世界の車の仕組みも僕のいた世界とは違う。


 ということで、スフィさんは「ではいずれ運転の仕方も教えないとな」と渋々、ジャグジに運転を任せたのだった。


「スフィリークは甘ちゃんだが、危機管理は申し分ないな。あくまで俺は未だ奴にとって人質。必要だからと信用をし過ぎない。伊達に悪魔研究を個人で行なっているわけではないんだな、ということはここ数日でわかったよ」


 ジャグジは運転しながら、そんなことを言う。それは僕に向けて言っている、と言うよりも、バイオフォン越しのスフィさんに向けた言葉のようだった。


「まあ心配するな。俺はスフィリークを裏切るつもりはねえよ。今のところは」

「ジャグジ、さんは」

「ジャグジでいい。もう一度言うが、俺はスフィリークの人質に過ぎない。お前が気を使うことはない。お前はもっと、堂々とするべきだ」

「えっと」


 そうは言われても。


 僕だって、ジャグジのことを信用も信頼もしない。ジャグジはやはり悪人だとも思う。

 それはそれとして。


「一応歳上の女性に対してタメ口ってのもなんか」

「んだそりゃ」


 ジャグジは僕を横目で見て、溜息をついた。それから、ふっと小さく吐息を漏らす。


「育ちがいいんだな、お前は」

「それは、どうでしょう」


 普通に育ったつもりだが、この世界の人々と比べると、自由な人生だったのかもしれない、と思うところはある。


「俺はずっと下界育ちだ。それもティプトンみたいになんだかんだと上界の影響のあるところじゃない。ほとんど、政府からも見捨てられたドブみたいはところで生きてきた」

「スラムみたいな?」

「それはよくわからんが、所謂貧民街だ。女である、と言うことはそうしたドブじゃいいカモの条件でしかなかったよ。だからお前みたいな奴を見ていると虫唾が走るが……俺は絶対にお前には敵わないからな」


 そんなジャグジの独白を、僕もバイオフォン越しのスフィさんも黙って聞いていた。


 大聖堂に戻り、ジャグジと僕は車から降りると、次元拘束弾ディメンションキャプチャバレットを手にスフィさんのもとに戻った。

 ジャグジはルビーに連れられて地下牢まで再度入れられた。

 僕もルビーやユカリと、数日間訓練を行い、特服の使い方にも慣れて来ていた。


 これで準備は整った。


 いよいよ、ダ・シガーの待つ山岳地帯へと赴く時だ。

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