30.亜人の仔供

 僕がジャグジを、ユカリがルビーを背中に。

 二人で基地入り口に向かって突入した。


 基地の入り口を強行突破で通り抜けた瞬間、洞窟内にアラートが鳴り響く。


「早速おいでなすった」

 僕の背中の上で、ジャグジが楽しそうに呟いた。

 洞窟の奥から、何人もの亜人がぞろぞろと現れる。


「ユイトさん!」

 ルビーが叫んだ。

 僕はルビーを見て頷く。口を大きく開き、亜人の一人に炎を放つ。


 炎は亜人の手足に巻きつき、縄のように拘束した。


「ユイトさんナイス! その調子でお願いします!」

 命令端末を通したルビーの声を受け、力が込み上げてくる。


 僕は亜人一人一人に同じように炎を吐き、拘束していく。

 何十人かを同じように拘束して、後ろに控えていた亜人たちが洞窟の奥に撤退した。


 洞窟を翼で飛んで高速で進むと、分かれ道にあたった。


「ここで分かれましょう! ユイトさん! お気をつけて!」

「ルビーとユカリもね!」


 そう暫しの別れの挨拶をして、僕とユカリは二手に分かれた。

 ジャグジは銃口をいつでも敵に向けられるように次元拘束弾ディメンションキャプチャバレットを抱きつつ、僕の背中にピタリと張り付いている。


「おいユイト、見ろ」


 そうして洞窟内を飛んでいると、ジャグジが僕の背中を叩いた。

 僕は翼を閉じ、着地する。

 ジャグジが僕の背中から降りたのが音と感触で分かった。


 僕たちの目の前には、洞窟内をくり抜いたいくつもの小部屋があった。


 小部屋はそれぞれ、透明な壁で塞がれていて、その部屋一つ一つに人間の子どものような、小さな生き物が裸で入っている。


 よく見るとその子どもたちには、頭に人とは違う小さな耳、下半身に小さく生えた尻尾がある。


「躾け前の亜人の仔どもだな」

 ジャグジが一つの小部屋の前に立つ。ふん、と鼻を鳴らし荷物の中からタブレット端末を取り出し、その手で小部屋に端末の背を向ける。

 スフィさんから預かっているもので、端末についたカメラで映像を撮るように指示されている。


「駄目だな」

 端末に表示されたモニターを見て、ジャグジは溜息をつき、首を横に振った。

「電子機器の通信はNGだとよ」


『見つけたか』

 バイオフォンを通して、スフィさんが高揚した声で言った。


「はい。今、ジャグジが映像を撮ってます」

 ジャグジは小部屋一つ一つ、それと洞窟内の様子をカメラに撮っている。


 本当なら、直接スフィさんの元へ映像を送れたら一番良かったのだが、洞窟内では通信が遮断されているようだ。


 予想はしていたことだ。

 バイオフォンは魔素を利用した技術であるため、その遮断から逃れられるが、それ以外の通信はおそらく不可能だろう、と。


『想定内だ。仕方ない。もう一段階高性能な、映像通信可能なバイオフォンがあれば良かったんだがな。ティプトンやキブスタンじゃ調達できなかった。できたとしても、下界の魔素量で運用できていたかも怪しい。それでいい』


「はい」

 僕はスフィさんの言葉を聞きながら、小部屋の中を見た。


 亜人の子どもたちは、ルビーやこれまでイリーナ商会やこの基地内で見た大人の亜人と比べて体毛も薄く、より人間と変わらないように見えた。


 胸の奥が締め付けられるような感覚に陥る。

 この世界での大多数の認識がどうかは知らない。スフィさんやルビー、ジャグジからも亜人の扱いと人間の扱いの違いは聞いている。


 けれどどうしても僕の目には、人間の子どもが裸で監禁されているようにしか見えない。


『ユイト、そこに亜人は何体くらいいる?』

 見たものを自分の中で整理するためと、ぎゅっと目を瞑っていたところに、スフィさんからの通信が続けて入る。


「えっと、わかりません。十人以上はいる、としか……」

『そうか。決まりだな』

「何がです?」

『まず間違いなく、ダ・シガーは悪魔を使役している。それだけの亜人の子を個人で所有してなら、そうとしか考えられない』


 僕は唾を飲んだ。これも分かっていたことだ。まだ僕たちのもとには誰も来ていないのだが、けたたましいアラートは今も洞窟内に鳴り響いている。監視カメラに、僕とユカリも映っているのを、この施設の人間も見ている筈だ。


 ……と、その時。


 冷やり、と空気が冷たくなるような感覚を覚えた。

 それと同時に足音が近づいてくるのが僕の耳に聞こえてくる。


「……ッ!」


 それはジャグジも同じだったようで、次元拘束弾ディメンションキャプチャバレットの銃口を足音の響く方向に向ける。


 こつ、こつ、と。

 洞窟の奥から誰かが近づいてきた。


 僕もジャグジから斜め前に立って地面を踏みしめて、近づいてくる者に向かっていつでも飛びかかれる準備をする。


 近づいてきたのは、ルビーと同じうさぎのような長い耳をして、全身に以前のジャグジのような鎧を着込んだ亜人だった。口には金属製のマスクのようなものをつけているが、頭は何も被っておらず、露わになっている。


 悪魔と亜人の違いを見分ける方法をいくつかスフィさんに聞いていた。


 悪魔には例外なく角が生えているが、亜人はその限りではない。角の生えた亜人はいるが、その逆はないとのことだ。また、僕とユカリと同じく、人間態になっても角を隠すことはできない。


 僕とジャグジの前に現れた亜人に、角はない。


 僕はすぐさまその亜人に向けて炎を吐いた。

 亜人の手足が、基地の入り口近くで拘束した他の亜人と同じように縛られる。


「おどかしやがって」

 背後でジャグジが小さく息を吐いたのがわかった。少し驚いたが、亜人は僕の炎の拘束を解く様子もない。

 だが、何か嫌な感覚がする。


 その予感が間違っていなかったことを、すぐに僕は理解した。


「契約者より悪魔カジャロプへ命じる。侵入者の女を拘束せよ」


 爆音が響いた。


 天井が崩落し、岩が落ちて来る。

 僕は咄嗟に振り向いて、ジャグジに覆い被さろうとしたが、遅かった。


 崩落した岩に紛れ、巨体がジャグジにのし掛かる。

 純白の輝くような毛並みに、長く伸びる耳と、その間に鋭く伸びる一角。


 悪魔がジャグジの上にその巨体を降ろし、押し倒していた。

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