33.カジャロプ拘束

 僕の両拳を頭上に喰らい、カジャロプの鼻先が地面にぶつかった。

 地面にぶつかったカジャロプの鼻先から、たらりと血が流れ、純白の毛並みが薄紅色に染まる。


 ユカリはいつの間にか、カジャロプに命令をしていた亜人の首を締め上げ、気絶させていた。


 地面にぶつかったところからカジャロプにダメージが入っているのは、ジャグジの次元拘束弾ディメンションキャプチャブレットの力だ。


「畜生が……ッ!」

 カジャロプが鼻を押さえながら、よろよろと立ち上がった。


 僕は静かにカジャロプから離れ、すぐにでも応戦できるように構える。


「畜生畜生畜生! 痛ぇ! くそ痛ぇ!」

 カジャロプが全身を掻きむしり始めた。


 おそらく、カジャロプを今襲っているのはユカリと僕に喰らった攻撃だけではないだろう。


 契約不履行。


 僕を殺せという契約者の命令を成し遂げらなかった。契約者である亜人が気絶してしまったことで、命令を達成できなかったことになっているのだ。


 命令を聞くことができなかった時に襲うあの痛みは、我慢しようとしてできるものではない。


「がああああ! クソダボが!! 何勝手にやられてやがる!」

 僕はカジャロプに向け、炎を吐く。


 さっきまでであれば、カジャロプの吸熱の力に阻まれていたが、痛みに苦しむ今のカジャロプの身体を僕の炎は問題なく拘束した。


「がああああ! 畜生がああああ!」


 そうしてしばらくして、カジャロプはガクリと首を下ろして、その場で倒れた。


「……倒した?」

「た、多分」

 僕の疑問に、ルビーが自身なさげに答える。


『契約不履行の悪魔は、気絶か絶命する。そうなれば、もうしばらくは起き上がらない。……カジャロプなら死んだということはないだろうが、他の悪魔を殺せという命令は強力だからな』


 僕はへなりと悪魔態にも関わらず、地面に尻もちをつく。


「つまり、な、何とかなった?」

『ジャグジの功績だな』


 悪魔には、この世界の攻撃は当たらない。


 銃撃、刃物による斬撃、当然地面や壁にぶつかっても、その衝撃からダメージが入ることは本来はあり得ない。

 それは悪魔がコモン宇宙多重論的に言えば、空間としては別の世界にいるからだ。


 魔素はその影響から生まれるものだが、次元拘束弾ディメンションキャプチャバレットは魔素の性質を変質させる。


 それにより、悪魔のこの世界との繋がりをより強固に拘束する。


 ジャグジの放った弾が僕たちに効力を与えたことで、カジャロプを弱体化し、より僕らの攻撃を有効化した。


『だが油断するなよ』


 バイオフォン越しのスフィさんが唸りながら言う。


『想定通り、ダ・シガーは悪魔から亜人を繁殖させている。なら、当然悪魔はカジャロプで終わりじゃない』

「なるほど……」

 聞きたくなかった。いや、それもまたわかってはいたことだけど。


「ユイト、大丈夫か?」

 ユカリが倒れた僕に近付いて顔を覗き込んできた。


 カジャロプを殴った光の棍棒は既に消えている。あれがユカリの悪魔としての力なのだろう。詳しくは後でスフィさんに聞くとして。


「うん、大丈夫だよ。それよりルビー」

「はい!」


 ぴょこり、とユカリの背中からルビーが顔を出す。


「ジャグジの様子を見に行ってほしい」

「! 了解です」

 ルビーがユカリの背から飛び降り、ジャグジのもとに駆け寄った。


 ジャグジがどんな人間かは置いても、スフィさんの言う通り、カジャロプを倒せた功労者だ。


『ユイト、ルビー。ジャグジはカジャロプから吸熱を受けているはずだ。毛布なりなんなり何でもいいから体を温めろ』

「わかりました、師匠! ユイトさんたちは敵が来ないかどうか見張りを!」


「その必要はないよ、ルビー」


 そんな低い声が、洞窟に響いた。


「知らないうちにそんなに活発になったか。スフィリークはどうしたの? 君たち悪魔と亜人を戦闘員にして、高みの見物かな」


 洞窟に取り付けられている、スピーカーからだ。

 喉にからむような低い男の声が、スピーカーから聞こえてくる。


「あ、あ……」


 ジャグジのもとに駆け寄ったルビーが、ぶるぶると震え、耳をぴったりと閉じる。


『ダ・シガーだ……』

 スフィさんが歯軋りをする音が、バイオフォンから聞こえてきた。


「この声が?」

『ああ。もしや出払っているのでは、と希望的観測もしていたが……外れたか』

「おや、そこの山羊の悪魔くんは今、スフィリークと会話中かな? なら伝えてくれよ。スフィリーク、僕は君の成果を殺したくない。さっさと身を引くことを勧める」


 少し、引っかかっていた。スフィさんがカジャロプのことを知っていたこと。あまりダ・シガー個人については話さなかったこと。


 ダ・シガーの口振りから、少なくとも彼がスフィさんのことを知っていることは明白だ。


「どうした?」


 その問いは、おそらくスフィさんに向けられたものだろうが、僕はスピーカーを睨みつける。


「僕たちは、退かない」


 啖呵を切った僕の言葉を受けても、ダ・シガーの声が返ってこない静寂の時が流れる。

 そうかと思うと、スピーカーから溜息の漏れる音が聞こえた。


「そうか、残念だ。せっかくのスフィリークの研究成果をボクの手で摘まねばならないとは」


 ぞろぞろと。

 洞窟の奥からぞろぞろと大勢の亜人が現れた。どの亜人も、カジャロプと契約していた亜人と同じようなマスクと鎧を纏っている。


「さて、こちらもあまり気は乗らないが、悪魔は悪魔でしか退けられない。カジャロプはノビているし、仕方がない。我がしもべたちよ、エキドゥナを呼べ」


 亜人たちが一斉に僕たちの方を見る。その目は虚で、ただ目の前だけを見ていた。

 僕は構えた。さっきと同じ轍を踏まないように、亜人たちの方だけでなく、四方八方全体に神経を研ぎ澄ませる。


 ユカリもまた、鼻息を荒くドンドンと足を踏み鳴らした。


 ルビーとジャグジの様子が気になる。戦いに巻き込ませないようにしなくては。

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