39.異形の悪魔

「ジャグジ……大丈夫なの?」


 僕の問いに、ジャグジはフンと鼻を鳴らす。

「お前に心配される謂れはねえよ。俺が負傷したのは、俺の失態だ」

「でも」

「うるせえ。この中にあのクソ悪魔がいるんだろうが」


 ジャグジは目の前にある蔦の塊を指差す。

 僕が頷くと、ジャグジは舌打ちをした。


「奴にしっかり仕返ししねえとな」


 ジャグジが戦闘不能になったのは、カジャロプの吸熱の効果を受けたからだったが、それはもう大丈夫なのだろうか。


 今のジャグジは、全身を鎧で覆っており、顔色を伺うこともできない。


「さっき言ってた、同じにすりゃいいってのはどういう意味ですか」

「そのままの意味だ。あのクソ悪魔を倒せたのこいつの力があったからだろうが」

 ジャグジはバン、と大きく次元拘束弾ディメンションキャプチャブレッドの銃身を叩く。


「あのドームがどれだけ堅固だろうが、悪魔の力を纏っていようが、こいつを作動させている間は悪魔の力は無効だ」


 悪魔の力を、悪魔を無理矢理こちら側の世界に拘束することで無効化する次元拘束弾ディメンションキャプチャブレッド


 ならば、カジャロプの吸熱は当然、エキドゥナの蔦も?


次元拘束弾ディメンションキャプチャブレッドの使用許可は既に出している』


 スフィさんからの通信が入る。


『実際のところ、次元拘束弾ディメンションキャプチャブレッドがこの場合どう作用するか検討がつかない、というのが正直なところだ』

 ジャグジの言葉にスフィさんは補足を入れた。


次元拘束弾ディメンションキャプチャブレッドは、場に充満した魔素を動力源に、場の魔素を変質させる兵器だ。それ故に悪魔に悪魔以外も攻撃も効くことができるようにするわけだが、無効化とまではいかずとも、悪魔の能力を弱体化もさせる』


 僕はジャグジとユカリ、三人でカジャロプと戦った時のことを思い出していた。


 ジャグジが次元拘束弾ディメンションキャプチャブレッドを放った瞬間、重力に押し潰されるような感覚に襲われた。吸熱の力を持つカジャロプに対し、ルビーの命令を受けた僕とユカリとで、カジャロプを倒した。


 あの時は、ユカリも僕も悪魔の力を使えていたはずだ。


『契約者からの供給で、変質前の魔素が二人に残っていたからだ。カジャロプの方は、そうそうに契約者をルビーが気絶させたことで、こちら側のアドバンテージを得ていたことになる』


 あの時は必死で詳しくは把握していなかったが、そんな状況だったのか。


『ルビーはまだ、下山を阻む亜人たちと交戦中だ。とは言え、ルビーからお前への命令は尚、継続中のようだ』


 契約不履行から来る痛みを、まだ僕は感じていない。

 つまりそれは、ルビーの「勝って」という命令がまだ効力を発揮していることを意味する。


『曖昧な命令は具体的なそれに比べれば、悪魔への影響は薄いが、それ故に長く効果が出ているものと思える。バイオフォン越しですまないが、そこにおれの命令も加えていこう』

「俺はいつでも良い。準備ができたら、突っ込め」


 ジャグジが次元拘束弾ディメンションキャプチャブレッドを構えた。


 言われずとも、いつでも準備はできている。


『我、スフィリーク・キュビュイズが悪魔カキザキ・ユイトに命ずる。蔦のドームを破り、タウラスに加勢せよ!』


 スフィさんの命令を受けてすぐ、僕はドームの表面に掴みかかる。

 同時にジャグジも銃身の引き金を引いた。


 背中にズシリと圧を感じはしたものの、ルビーとスフィさんの命令が乗っかっているからなのか、前の時のように地面に突っ伏すほどではない。


 力づくで、蔦を引きちぎる。やはりドームを形づくる蔦は幾重にも折り重なっていて、一本や二本剥いたところで中に到達することはなさそうだ。

 だが、蔦に触っても、カジャロプの吸熱の力を受ける様子はない。これなら行けるかもしれない。


 僕は思い切って、炎を繰り出す。


 炎は吸収されることなく、蔦をじわじわと焼いた。次元拘束弾ディメンションキャプチャブレッドの効力もあるのか、さっきまでに比べると蔦を焼き切るのに時間がかかっているが、構うものか。


 炎を吐き続けていると、息切れしたみたいに胸のあたりが苦しくなってくる。だが、ドームの中のユカリをこのまま独りにし続けておくわけにはいかない。


「ウオオオオオオオオオ!!」


 ならば、一点に集中放火するまでだ。


 両腕で蔦の表面を引き裂きながら、一点を燃やし続け、ドーム表面を抉っていく。


 そして遂に、ドームに穴が開いた。


「よし!」

 ジャグジが喜びの声を上げた。ドームに開いた小さな穴を徐々に燃やし広げていき、僕が入れるだけの大きさにする。


「スフィリーク! 俺はこのまま行くからな!」


 ジャグジが叫び、穴の中へ飛び込んだ。


『ユイト! ジャグジを追え!』

「はい!」

『くそ、ジャグジの奴、勝手に……』


 ジャグジの逸る気持ちも、わからなくはない。ドームの中に入っても次元拘束弾ディメンションキャプチャブレッドはまだ必要だ。


『いいか。無理はするな。ユカリの無事が確かめて、ルビーがこちらにデータを送るまで、カジャロプをここに抑えつけられるならそれでいい』

「わかりました」


 僕もジャグジを追い、ドームの中へ飛び込む。


「入りました!」

『あ……かった。ユカ……を』


 通信のノイズが酷い。後ろを振り向いて、穴を確認するが、蔦が再生して塞がる様子はない。


「ユカリ! いる!?」


 辺りを見回し、ユカリを探す。

 先にドームに突入したジャグジが、上へ向けて次元拘束弾ディメンションキャプチャブレッドの銃身を向けていることに気づいた。


 ジャグジが狙う方向を見上げる。

 ハッと息を飲んだ。ダ・シガーの山へ来てからというもの、心臓が休まる時間がない。


「ったく、次から次へと……」

 ジャグジがそうボヤきたくなるのもわかる。


「クソ……ダボが……」


 僕とジャグジの目線の先には、そんな風に悪態をつくカジャロプがいた。


 だが様子がおかしい。


 カジャロプの四肢が、四方に引き伸ばされる形で、まるで磔刑されるように広げられていた。

 その四肢から、太い蔦が伸びている。


 四肢から伸びる蔦はどれもドームの裏側に繋がっていて、それ以外にも、カジャロプの身体の至るところから、ウネウネと動く蔦が何本も伸びている。


 ただでさえ異形の悪魔の、更に異形な姿に嫌な汗が額を流れる。


 そんなカジャロプの瞳は異常に大きく見開かれ、血走っている。

 カジャロプはそのギョロリとした目で僕たちを捉え、吼えた。


「ガアアアアアアアア! クソが……ッ! 逃すか……逃すかよ!!!」


 そう、カジャロプが吼えると共に、カジャロプの身体から伸びる蔦が、一斉に僕たちの方へと飛んできた。

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