11.悪魔への授業

 その後、ルビーは部屋に戻り、改めてりんごを食べさせてくれた。だが、スフィさんのせいで二人とも変に意識をしてしまって、ルビーも顔を真っ赤にして震えながら僕にりんごを差し出していた様は、いささか拷問じみていた。


 この寝室は二段ベッドが二つ置いてあり、夜眠る時は僕とルビーがそれぞれの下段、スフィさんがルビーの寝ている方のベッドの上段の位置だった。


 昨日はそんなことはなかったのだけれど、ジャグジを倒してひと段落したせいか、後は昼間にだいぶ寝てしまったせいもあってか、夜はなかなか眠りにつくことができなかった。


「眠れないのか」


 そんな僕の雰囲気に気づいて、スフィさんが話しかけてきた。

 ルビーは既に隣のベッドで耳をたたんですやすやと夢の中だ。


「色々と考えてしまって」


 スフィさんに悪魔として召喚された時、この世界は夢だと思ったけれど、両腕のヒリヒリとした痛みが、僕がいるのは現実だと教えてくれる。


「おれも何体か悪魔を見たことはあるが、ユイト、お前ほどに話の通じる悪魔がいるとは知らなかったよ」

「そうなんですか?」

「ああ」


 僕はスフィさんがいる、向かいのベッドの上段を見る。


 スフィさんはベッドから少し身を乗り出して、僕のことを見ていた。


 長い髪を後ろで束ね、ナイトキャップをかぶっている様子が、正直普段よりちょっと可愛らしい。


「悪魔は普通、召喚者以外とは話さないから、おれがそもそも悪魔が話す場面にそうそう立ち会っていない、というのもあるがな。理論としては、悪魔が別世界の存在とは知っていても、その宇宙がどんなものなのか、というのはあまり考えたことがなかった」


 スフィさんはニッと頬をゆるめた。


「眠れないのなら、聞かせてくれないか。お前の元いた世界のこと」

「そうですね……」


 僕は向こうでは自分がただの学生だったこと、特にこちらに来ること理由も思いつかないのに何故か召喚されてしまったこと、こちらの世界ほどではないが栄えている文明のこと、思いつく限りを、脈略なくスフィさんに語った。


 こうして元いた世界のことを話すのは懐かしさを感じつつも、今自分がその世界にいないという現実をはっきりと自分の中で整理する、良い時間になった。


 スフィさんは時折、「ほう」とか「なるほど」とか相槌をつきながらも、僕の話を聞いてくれた。


「すまなかったな」

 話をしていると不意に、スフィさんがそんなことを口にした。

「何がです?」

「いや、わけもわからずに自分の知らない世界に引っ張り出してしまったことを、さ」

「そりゃ、最初はびっくりしましたけど」


 それは、スフィさんが謝ることでもない気がする。確かにスフィさんが悪魔召喚をしなければ、もしかしたら僕はここにはいないのかもしれないけれど。


「でも僕が召喚されたのは、多分たまたまでしょうから」


 向こうの世界で直近にあったことは、お酒を飲んでいたこともあって、何となくぼんやりとしている。


「向こうの世界で、特にやりたいことがあったわけでもないですし」


 命令を聞かないと痛みを与えられるってのは、ちょっと奴隷じみている、というかまんま奴隷だが。

 スフィさんやルビー、まだよくは知らないけれど街のみんなのために僕の力で何かをできる、というのは存外、悪くはないと思った。


「そう言えばスフィさん。悪魔召喚は技術向上のないところにできた技術だって言ってましたけど、あれどういう意味なんです?」

「そんなこと説明したっけか?」

「……お酒飲んで酔っ払ってる時に言ってましたよ。話の途中で寝ちゃいましたけど」

「そうか。我ながら中途半端なところで説明を終えて寝てしまったか。反省だな」

 スフィさんはそういうが、全く反省している素振りには見えない。


「つまりはな、別宇宙の法則をこちらの世界に持ち込むことで、できることが格段と増えたわけだよ。悪魔を利用した移動手段や、その悪魔がつかさどるわざを使った技術革新、そう言ったもので、今や国の中枢は支えられている。だから、悪魔のいないティプトンみたいな街はその技術革新から置いてかれている」


「悪魔がいないと問題なんですか?」


 確かに僕以外の悪魔にはまだ出会っていないから、少なくともティプトンには悪魔の数はそう多いわけではないのだろうとは思っていたが、そもそも僕以外の悪魔が、ティプトンには存在しないのか。


 この世界の悪魔の立ち位置がよくわかっていない僕としては、そんな意味のわからないモノがそうそういては困ると思うのだが。


「国を支えている技術の多くは悪魔によって稼働を可能にしているからな。それらの技術の為には別宇宙の観測ができる存在が多くなければならないんだ。この割合を特殊宇宙構成率、俗に魔素濃度って呼んでいる」


 なんだそりゃ。

 ややこしい正式名称とファンタジーっぽい俗称に頭がくらくらしてくるな。


「この魔素濃度の低さが国下指定管理都市以外が退廃している理由の一つでもある。上界では使える技術が、下界にきた瞬間に使えなくなる、とあっちゃあ国もバカバカしくてまともに管理する気にもならん、ということさ。ティプトンの上にあるでっかい建物見たろ?」


 確かに、ティプトンの街は鉄橋みたいな大きな建造物の下にあって、街全体がほとんど影になっている。それはこの大聖堂(スフィリーク堂)もそうだし、ジャグジたちのいた廃棄区間もそうだ。


「ありゃ橋なんかじゃない。あそこに上界があるんだよ。上界と下界ってのはそもそも物理的に上と下に分けられてるからそう呼ばれているんだ。上界の魔素濃度は平均で80%、下界は平均で10%を切る」


 そうだったのか。僕らのいる更に上の方に、また別の街がある、と。


「そう。そして更にその上に、ごく少数の選民だけが住む浮遊球型都市スペシィアルハビダッドがある。ここは魔素濃度が、98%。ここで運用されている技術はおれに言わせたらもはや魔法の域だな。どれもこれも、悪魔召喚と同じ、コモン多重宇宙論がなければ成り立たないものだよ。この世界は、別世界の悪魔によって成り立っているんだ」


 スフィさんが意図したことか否か。

 そんな風にスフィさんの語るこの世界のあり様についてを聞いていると、なかなか閉じずにいた瞼がだんだんと重くなり。


 気付けば、朝を迎えていた。

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