16.悪魔の咆哮
「ズモオオオオオオオオ!」
イリーナの命を受け、タウラスが吼えた。
そして腕を振り上げ、一気にスフィさん向けて直進を始める。
「師匠!!」
ルビーが鬼の形相で飛び掛かったが、タウラスは蝿でも払うかのようにルビーを叩き落とした。
「くッ……!」
ルビーは何とか立ち上がろうとしたが、打ちどころが悪かったのか、中々起き上がれないでいる。
僕もタウラスの進行を止めようと立ち塞がったが、タウラスは僕を一瞥すると、大きく拳を振り上げた。
僕は咄嗟に身を屈める。
拳は避けられたが、タウラスは屈めた僕の頭を踏み付けた。
クラッと目眩がした。
流石にタウラスの体重の重みを全て頭に受けて、悪魔の身体でもダメージが大きい。
タウラスは、倒れた僕のことなど知らぬ振りで、スフィさんから目を逸らさずに直進を続ける。
態勢を立て直したルビーが再度タウラスに飛び掛かり、蹴りを入れたが、構う事がない。ルビーからの攻撃を受けようが、関係がないのだ。
「主の命令は絶対。今のタウラスにお前達のことなど、眼中にない!」
イリーナはそう高らかに宣言した。
そうだ。先程までとは違う。
タウラスはイリーナの命令を愚直に聞き入れ、スフィさんを狙うことしか考えていない。
悪魔への命令は絶対。それはタウラスも例外ではない。
ただただ、タウラスは命令に従いスフィさんのもとに向かうことだけを考えて行動している。
──スフィさんを、殺す為に。
「ウオオオオオオオオオ!!」
僕は翼を広げ、飛翔した。
既にタウラスは、スフィさんの目と鼻の先まで来ていた。
「ちっ、イリーナめ。流石によく心得ていやがる」
スフィさんはそう、殊勝に吐いたが、身体が震えているのがここからでも見えた。
スフィさんも無理をしているのだ。ならなおさら助けなくては。
僕は全速力でタウラスに近付く。
少しでも速く、少しでも近く!
タウラスは両拳を握り、スフィさんの頭上に振り上げた。
──やめろ! やめろやめろ!
間に合わない。ここからではとても間に合わない。
身体が芯から冷える思いだ。
スフィさんの近くにいけなくても、タウラスの両拳を阻むことができればいい。
──何か。何かないか。
悪魔の力は別宇宙の法則だ、というスフィさんの言葉を思い出す。常識で考えるな。何か出来る筈だ。
──僕は悪魔だ。
僕の為に、スフィさんの為に、理屈なんて打ち破る力を……!
今にもタウラスに潰されそうになるスフィさんを見て、心臓の鼓動を跳ね上げて、そう心に願う。
大地に足を下ろす。
何を考えているのか。諦めたのか。自分でも自分の行動を、充分に理解できないでいる。だが、混乱したわけじゃない。
肝の冷えていた筈の身体に熱を感じた。
何か熱い物が、僕の腹の中から込み上げて来る。
タウラスが両拳を振り下ろした。
スフィさんが両眼を瞑る。
ルビーが悲痛な叫び声を上げている。
「ウオオオオオオオオオ!!」
僕は大きく吼えた。これ以上ない程大きく。
僕の目の前が、明るく光った。
僕の周りの大地が赤く染め上げられいく。
違う。
──これは炎だ。
僕の身体の周りに炎が巻き上がっていた。炎は僕の契約印に収束する。
「ウオオオオオオオオオ!!」
咆哮と共に、炎が、僕の口から吐き出された。
真紅の炎。
まるで槍か何かのように凝縮された炎が、タウラスに向けて放たれた。
「グモオオオオオオオオ!!」
炎がタウラスの背中に直撃した。
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