第六話 燃えている

(…………あれ、僕いつの間に寝ちゃってたんだろう)


 暗がりの中、寝ぼけ眼をこすりながらユースティスが身体を起こす。

 傍に置いてあった蝋燭は、根本まで溶け、すっかり火が消えている。

 手探りで新しい蝋燭を点けると、隣で気持ちよさそうに寝息を立てているアムルを揺すって起こしにかかった。


(アムル、アムル! 起きて!)


「うう~ん……パイがいっぱい……」


 寝ぼけている。

 ユースティスは、一瞬、このままアムルを寝かせておこうかとも考えたが、後でアムルが悲しむ顔を想像し、その考えを頭から追い払うように頭を振った。

 何度か揺さぶり、やっとアムルが大きな欠伸をしながら身を起こす。


「あ、おはよう~、ゆーくん。

 あたし、パイがいっぱい出てくる夢見ちゃった~」


 えへへ、と嬉しそうに口を拭うアムルに、ユースティスが現実を突き付ける。


(アムル、ごめん。僕、起きてるつもりが、いつの間にか寝ちゃってて……

 早く帰らないと、樹官長が僕たちのことを探しているかも……)


 真っ暗な洞穴の中では、時間の感覚がない。

 はっとした顔でアムルが卵へ視線をやると、それは変わらずそこにある。

 昨晩、穴が開く程じっと見ていた姿のままだ。

 アムルの瞳が名残惜しそうに卵を見ていたが、ぐっと口を食いしばると、ユースティスに向かって笑顔を見せた。


「帰ろう、ゆーくん」


 ユースティスも、アムルから見えないよう、ぐっと歯を食いしばった。

 自分が何を言っても、きっとアムルは意見を変えない。

 幼い頃からずっと傍にいたユースティスだからこそ分かる。

 でも、このままアムルと一緒に帰れば、もう二度とアムルとは会えなくなる。

 口をきけないユースティスにとって、アムルだけが友であり、家族でもあり、世界の全てなのだ。

 そのアムルがいなくなるなんて、ユースティスには、きっと耐えられない。


(どうにかしないと……でも、どうしたらいいんだろう……)


 考えても考えても、良い案が浮かばない。

 そうしているうちに、二人は、洞窟の外へと出た。

 明るい日の光が目に眩しくて、二人は目を瞑った。

 日はすっかり昇り、お昼をとうに過ぎていることが分かる。


「急がなくちゃ」


 アムルは、そう言って、足早に里へと歩き始めた。

 それを追い掛けるユースティスの足取りは重い。


(もしかしたら、もう使者の人たちは怒って帰ってしまっているかもしれない)


 そうだったらどんなに良いだろう、とユースティスは、半ば祈るような気持ちでアムルを追った。


 しかし、二人がいくらも歩かないうちに、ユースティスは、辺りの様子が何やらおかしいことに気が付いた。

 いつもなら鳥の声や動物たちの気配で溢れている明るい森が今は何故かしんと静まり返っている。

 ユースティスは、何だか嫌な予感を覚えた。


 里が近づくにつれて、異変は、音と臭いで二人に訴えてくる。

 人の叫び声と、何かが焦げる臭い――――里が燃えている。


 二人が慌てて里に辿り着いた時には、幾つもの家々から火の手が上がり、変わり果てた里の姿があった。


「なっ、なんで……」


 皆、火の扱いには、いつも充分すぎる程に気を遣っていた。

 きっと何かが起こったのだ。


 言葉を失い、立ち尽くす二人の前で、家屋が次々と崩れ落ちていく。

 火の粉が風に舞って飛び散り、周りにあった木々に燃え移る。

 緑を舐めるように炎が広がってゆく。


「みんなは……?!」


 アムルが弾かれたように、火の手の上がる家屋の間を駆けて行った。

 ユースティスは、慌ててアムルの後を追う。


 通りに人の姿はない。火に包まれている家の中までは分からないが、日中は皆、仕事で家を空けていることが多い。おそらくどこかへ避難しているのだろう。


 皆の無事を祈りながら、アムルは、一心に前だけを向いて駆けてゆく。

 そんなアムルの頭上に、燃え盛る木の幹が、ばきばきと激しい音を立てて倒れてくるのが、後ろを走っていたユースティスには見えた。


(アムル、危ないっ……!!)


 ユースティスは、アムルに向かって手を伸ばした。

 だが、距離が離れていて間に合わない。


 いつもならアムルに届くはずのユースティスの心の声も、別のことに夢中になっているアムルは気付かない。――――届かない。

 

 ユースティスは、この時、自分の声が出ないことを心の底から恨んだ。

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