【第一章】白い使者と黒い竜

第一話 蝋燭の灯り

 夜遅くに村を抜け出したアムルとユースティスは、昼間の約束どおり、卵のある洞穴へと向かった。


 魔鉱石は、拝殿から持ち出したことがモリスにバレ、没収されてしまっていたので、代わりに、蝋燭を持ち出した。

 こういう時のために、ユースティスがこっそり作って納屋に隠しておいた蝋燭だ。

 ハゼの実から作るのだが、アムルには、難しくてどうやって作るのか分からない。

 実を集めるのはアムルも手伝ったが、その後の工程は、全てユースティスが担当していた。

 ユースティスは、他にも、いろいろと本で調べて、自分で一から便利な道具を作り出しては、納屋にある秘密の箱に仕舞っている。


「ねぇ、蝋燭に火ぃつけようよぉ。

 真っ暗で、何も見えないよぉ」


(ダメだよ。

 森の中で、火は使っちゃいけないって、言われているだろう。

 火事になったら、大変だもの)


 先程から何度も樹の根っこに躓いては、アムルが同じことをユースティスに訴える。

 夜の森は、真っ暗で、気を抜けば、方向を見失ってしまう。

 ユースティスは、自前の羅針盤を手に、慎重に足元を確認しながら進んで行く。

 暗闇は怖いが、アムルの明るい声がユースティスの心を紛らわせてくれていた。


 森の中に吊るしておいた幾つかの目印を辿り、ようやく二人が洞穴の入口へと辿り着いた。

 ここからは、灯りがないと先へ進めない。


(僕に魔法が使えたら良かったんだけど……)


「ええー、それを言ったら、あたしだって。

 ゆーくんには、魔法なんか使えなくっても、魔法道具が造れるんだもの、すごいよ!」


(魔法道具じゃなくて、 “科学道具”だね。

 僕のは、ただ賢人たちが記し残した文献の模倣でしかない。

 すごくなんかないよ……)


「そんなことない!

 だって、あたしには、難しい本なんて読めないし、蝋燭だって作れないもの!」


 ユースティスが俯く。照れているのだ。


(……まぁ、いいや。蝋燭に火をつけるよ)


 ユースティスは、肩から下げていたカバンの中から蝋燭と着火器を取り出すと、手慣れた様子で火を点けた。

 着火器は、回転式の火打石が付いていて、それを指で擦ると火が点く仕組みらしい。

 これもユースティスに説明してもらったが、アムルには、難しくて理解できなかった。

 火の点いた蝋燭を立てたキャンドルホルダーをユースティスが片手で持ち、もう反対の手でアムルの手を握る。

 蝋燭の明かりは、魔鉱石とは違って、橙色をしており、キャンドルホルダーを持つ手が少し熱い。

 そして、ユースティスが歩く度、岩壁を照らす影が歪に形を変えた。


(アムルは、本気で<宇宙樹>の生贄になるつもりなの?)


「うん、そうだよ」


 明るい口調で答えるアムルに、ユースティスが顔を向ける。


(心を失うってことは、死んじゃうってことだよ。

 アムルは、もう僕と遊べなくなってもいいの?

 パイが食べられなくなってもいいの?)


 アムルは、うっ、と舌を間違えて噛んでしまった時のような顔をした。


「それは…………悲しいよ。悲しいけど……

 あたしにしか出来ないことだって、モリスが言っていたでしょ。

 だから……」


(樹官長は、アムルを騙して連れて行かせようとしていたんだよ!

 僕がアムルに教えなかったら、樹官長は、本当のこと――心を失うなんてこと、隠しておくつもりだったんだ!

 あんな奴の話、真に受けじゃダメだよ!)


「そうかもしれない……でもね。あたし、嬉しかったの」


 アムルが前を向いたまま話を続ける。

 真っ暗な闇を真っすぐ見据えるアムルの瞳には、蝋燭の火がちらちらと映っている。


「あたしには、何の力もないでしょう。

 村のみんなは、あたしに優しくしてくれるけど、

 あたしは、みんなのために何もしてあげられない。

 だから、これは、神様が私にくれた恩返しのチャンスだと思うの」


(アムル……)


「きっとあたしは、このために生まれてきたんだね」


 そう言って、にっこり笑うアムルの表情には、迷いや恐れなど微塵もない。

 人の心の感情を自分のことのように感じ取れるユースティスだからこそわかる。

 アムルは、本心で自らの心を世界のために使おうとしている。

 そして、その理由も、十年アムルと一緒に過ごしてきたユースティスには、痛いほどよくわかるのだ。

 アムルがどれだけ自分の無力さに打ちひしがれて、自分を責めてきたのか。

 どれだけ<エルムの里>を愛しているのか。

 ユースティスは、アムルから目を背けると、足元に気を付けながら黙々と目的地を目指した。


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