第四話 朝靄
「ほおひへ? ……ごくんっ。
ゆーくんは、あの人たちのことが嫌いなの?」
アムルは、頬張っていたベリーを飲み込んで、ユースティスを振り返った。
その口元には、赤いベリーの汁がついている。
(き、嫌いとか、好きとかそういう問題じゃないだろうっ。
今、逃げないと、アムルは……このまま宇宙樹の生贄にされちゃうんだよ!)
「ゆーくん…………あたし、逃げないよ」
揺るぎない、アムルの蜂蜜色の瞳を見て、ユースティスは、肩を落とした。
(アムル…………)
アムルは、にこっと濁りのない笑顔を見せると、再びベリーを摘みはじめた。
それらを自分のスカートに包んで、来た道を戻ると、待っていたベトゥラとソルブス、ユヒらに、ベリーを分けてあげた。
皆、仮面をつけているので、その表情はわからない。
それでも、ベリーを受け取った彼らの胸の中に、熱い何かが灯るのを、ユースティスは、やりきれない想いを抱えながら感じていた。
その時、木立の間からシンが姿を現した。
手に、何か茶色い毛皮のあるものをぶらさげている。
「今晩は、うさぎ肉が食べられるぞ」
§ § §
シンが野ウサギの皮を剥ぎ、肉を骨から削いで、幾つかに切り分けた。
ユヒが魔法で水を出して、血を洗い落とす。
それを、ソルブスの魔法で削って作った枝串に刺し、焚火で炙るのだ。
薪を集めるのは、アムルとユースティスの仕事だった。
暗くなる前に、とベトゥラは、シンを連れて、周囲に罠を張りに行こうとした。
ソルブスは、自分が、と言ってそれについて行こうとしたが、ベトゥラに<クラヴィス>を見張っていろ、と言われ、渋々それに従った。
その所為で、ユースティスは、薪を拾う間中ずっと、背後からついてくるソルブスの悪態をつく心の声を聞く羽目になった。
野ウサギの肉は、水っぽくて柔らかく、あっさりとしていて美味しかった。
アムルとユースティスも、野ウサギの肉を食べるのは初めてではない。
だが、自然を敬う<エルムの里>では、何か大事な催事の時だけしか肉を食べることは許されない。その教えの意味を二人ともよく分かっていたので、野ウサギに感謝しながら、よく味わってそれを平らげた。
「そう言えば……【風樹】って、どこにあるの?」
アムルが、指をなめながら、空を仰いで訊ねた。
真っ暗になった夜空には、昨夜見たものと同じ星空が広がっている。
アムルは、ただ皆について歩いているだけで、自分がどこへ向かって歩いているのか全く分かっていない。
「ウィンガムという<風の都>だよ」
アムルの質問に、シンが答えた。
「<風の都>? 何それ?」
「知らないか。年中、風が止まない都のことだ。
元々は、風の民たちがそこに居住区をつくったのが始まりだったそうだが……」
「今は違うの?」
「今は……外からたくさんの人たちが来て、住むようになったから。
風の民の末裔は、もう残っていないんじゃないかな」
「ふぅ〜ん……パイあるかなぁ」
「え、パイ?
どうだろう……たぶん、あるんじゃないかな」
シンが戸惑いながら答えてやると、アムルは、その答えに満足したのか、さっさと横になって眠ってしまった。
§ § §
(どうしようどうしようどうしよう……)
ユースティスは、焦っていた。アムルを救う方法をあれこれ考えながら歩いているものの、何の名案も浮かばないまま、どんどんウィンガムへと近づいてゆく。
何日も歩きどおしだったのに、アムルもユースティスも、それほど疲れがたまっていなかった。
どうやら、毎晩、ユヒが飲ませてくれる魔法の水に仕掛けがあるようであった。
というのも、ユースティスが転んで足を怪我した時のことだ。
ユヒが、ユースティスの怪我をした足に、治癒魔法をかけようとしたのだ。
治癒魔法が使える者は、多くない。それだけで、ユヒの魔力の高さが知れるというものだ。
他の三人も、治癒魔法は使えないようだった。
しかし、ユースティスは、ユヒの申し出を断って、道中自分で見つけた薬草を手際よく使い、自分で怪我の処置を施した。
ユヒは、自分の善意を断られたことに腹を立てるどころか、ユースティスのその知識に感心の声を漏らしていた。
山と谷を二つほど越えたところで、【風樹】のある<
山の頂上から見ても一目で分かる。
一本の巨大な大樹が渦を巻くように天空へとそびえ立っている。
もうあと数日もすれば、ウィンガムに辿り着いてしまうだろう。
「うわぁ〜!
すっごく大きい樹だね!
あれが【風樹】なの?」
「……ああ、そうだよ」
アムルの問いに、シンが答えた。
前景に現れた【風樹】を前に、誰もが口を閉ざしてしまっていた。
そんな中、アムル一人だけが楽しそうにはしゃいでいる。
その姿を、他の五人は、ただ黙って見ていた。
それぞれの胸に、形にならない白い朝靄をけぶらせて――――。
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