【第二章】 -風樹編-
第一話 風の都
「<ハルディア>と連絡が取れないとは、一体どういうことだっ?!」
ベトゥラが困惑しながら、はきはきと厳しい口調で責め立てる。
相手は、風樹に仕える一人の男性樹官吏だ。若葉色のローブを身につけている。
「……ですからぁ~、連絡獣である<ラタトスク>たちが姿を見せないのです~。
わたくし共にも、どぉ~~することも出来ず~……」
若き樹官吏は、悪びれるどころか、ベトゥラの剣幕などものともせず、けだるげな態度で受け答えをする。
ベトゥラは、男の態度に内心苛立ちを抑えながら、質問を続けた。
「原因は?」
「さぁ~……そのようなこと、わたくしに分かる筈がありませんよ~。
風樹にでも聞いてみたらどうですか~?」
「そんなことが出来るかっ!」
のらりくらりと上体を揺らしながら受け答えをする若き樹官吏は、まるで風に吹かれる
先ほどからこの調子なので、言葉を交わす程、余計にベトゥラの神経を逆なでしている。
「ぇえ~い、このままでは埒が明かない!
風樹の樹官長と話をさせろ!」
「それは、無理ですよぉ~」
「どうしてだ」
「だって、もう風樹に〝樹官長〟は、おりませんから~」
「はぁっ?!」
思わず、ベトゥラが素っ頓狂な声を上げる。
「聖樹に樹官長がいない筈がないだろうっ。
ふざけていないで、さっさと樹官長を呼べっ!」
「だから~、無理なんですってばぁ~。
……あれ? 正確には……〝いなくなった〟と言うのでしょうか~……?」
「知らんっ! なぜ私に聞く?!
……ぇえ~い、その小首を傾げるのは、やめろ!
私が、お前に聞いているのだぞっ」
ようやくベトゥラが樹官吏から聞き出した情報を整理すると、こうだ。
風樹の樹官長は、既に寿命を全うし、完全な樹体へと聖化したため、会話をすることは出来ないのだという。
「ならば、継承者がいるはずだ」
「逃げました~」
平然と笑顔で言ってのける樹官吏に、とうとうベトゥラの我慢が限界を超えた。
樹官吏に掴みかかろうとするベトゥラを、横で見ていたソルブスとユヒが必死になって止めていなければ、若き樹官吏は、その爽やかな容貌を別人と見間違えるほどの悲惨な状態になっていただろう。
けれども、そのような光景を目の前にしても尚、若き樹官吏は、最初から最後まで、ハルディアからの使者たちに対して、緩慢な態度を崩さなかった。
「あのぉ〜、わたし、もう帰ってもいいですか〜?」
§ § §
<風の都>と呼ばれるウィンガムに到着した一行は、真っ先に風樹の樹官長へ会いに行った。ウィンガムは広い街だが、風樹の場所は、遠目でもすぐわかる。そのため、神殿までは迷うことなく辿り着いた。
しかし、先の樹官吏の言葉を受けて神殿を後にした一行は、目標を見失い、まるで迷子になったように、途方に暮れていた。
「樹官があのような態度では……他に、まともそうな樹官は、いないようでしたし……困りましたね。ベトゥラ様、いかがいたしましょうか?」
ソルブスが、ベトゥラに尋ねた。
「いかがも何も……<ラタトスク>が使えないのでは、<ハルディア>と連絡をとることはできん。
なんとかして、<ラタトスク>たちが姿を消した原因を探らなければなるまい」
「<ハルディア>の樹官たちが、我々の帰還が遅いことに気付き、使者を派遣してくれるのでは?」
「そうだとしても、私たちが今ここに居ることを知らさねばなるまい。
それに…………いや、この話は、今はいい」
ベトゥラが言葉を濁したことに、ユースティスがぴくりと反応する。すぐにベトゥラの心を読んだが、それは今、アムルに伝えるべきではない、と思い、心に留めておくことにした。
「では、やはり<ラタトスク>の問題を解決するのが先決ということですね」
「ああ……だが問題は、どう解決の糸口を見つけるか、だな……」
ソルブスとベトゥラが頭を悩ませていると、突然、アムルが大声を上げた。
「あーっ! もうっ!!
お腹すいた、お腹すいた、お腹すいたーーーっ!!!」
「おい、突然大声を出すなっ。驚くだろう!」
ベトゥラが声を荒げて、アムルを叱った。
しかし、アムルは、自分のお腹を手で押さえて見せながら反論する。
「だって~、もうお腹ぺこぺこなんだも~ん!
アムルのパイは、どこにあるのぉ~?」
アムルのお腹は、先ほどからずっと空腹を訴えて鳴き声をあげていたが、考え事をしていたベトゥラとソルブスの耳には、全く届いていなかったようだ。
「みゅみゅ~……」
マルメロもお腹ががすいたのか、アムルの肩にお腹を乗せて、力なく鳴いている。
その様子を見たユヒが、柔らかな笑い声をあげた。
「ふぉっふぉ……少し休憩してはどうかな。
腹が減っていては、よい案も浮かぶまい」
ユヒの提案に、ベトゥラは、それもそうかと素直に頷いた。
ユヒの穏やかな口調が、ベトゥラの逆立っていた神経を
「……そうですね。
では、まずは何か食事をとってから、休む場所を探そう」
ベトゥラの言葉に、他の白い使者たちが同意し、頷いて見せる。
神殿に世話になる、という選択肢は、四人とも念頭にない。あの相手を馬鹿にしたような態度をとる樹官吏と、一晩を共に過ごすことなど絶対に御免だった。
皆が商店街のある大通りの方へ向かおうとする前に、既にアムルは、道を駆けだしていた。よほど待ちきれなかったのだろう。
「おいっ、待たんかっ!
……くっ、シン! <クラヴィス>を追え!」
ベトゥラは、既に小さくなりつつあるアムルの背中を見て、自分で追い掛けるのを諦めた。
命令を受けたシンは、それに短く答えると、颯爽と風のように駆けて、アムルの後を追った。
(もう~アムルってば……待ってよ~!)
ユースティスも、慌ててアムルの後を追い掛けた。
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