第六話 予言と謎の男
シンの質問に、ロウは、遠くを見るような目つきで答えた。
「……かつて、人々が争いと飢えとあらゆる災厄に見舞われ、この世界が闇に包まれた時、天から竜に乗った神が現れて、それを救った……という古い言い伝えがある。
おそらく、それに重ねているのだろうとは思うが……再び世界が闇に閉ざされた時、竜に乗った救世主が現れ、世界を救う、という巫女の予言があるのだ。
……ま、何の根拠もないがな~」
最後の方は、砕けた口調になったものの、ロウの口から語られた壮大な話に、その場にいた三人は、言葉を失っていた。
シンが先に口を開く。
「そのような話は、初めて聞きます。災厄の部分は、宇宙樹の奇跡の話と、少し似ているような……」
「まぁ、風の民だけに伝わる話だからな」
そう言って、何でもないことのようにお茶をすすろうとしたロウは、既に湯呑が空になっていることに気付き、眉を寄せた。
「か、風の民にだけって……師匠は、まさか〝風の民〟の末裔なのですか?!」
「言っておらんかったか?」
「聞いていませんっ」
シンとロウが言い合う傍で、アムルがユースティスに尋ねる。
「風の民? どっかで聞いたような~……えーっと、何だっけ?」
(ここウィンガムに、<風の都>をつくった人たちのことだよ。ここへ来る旅の途中で、シンが話してくれただろう。つまり、すご~く古い歴史を持っているってことだよ)
ユースティスの説明に、アムルが頷いて見せるが、その視線は、あらぬ方を向いている。
ユースティスは、アムルにそれ以上説明することを諦めた。
「別に隠していたわけじゃあない。ここに住むやつらは、未だに古い民への偏見を持っているからな。知られると色々と面倒だから黙っていただけだ」
「それを隠しているって言うんですよ!」
ロウは、シンの突っ込みをかわすように、湯呑を持って椅子から腰を上げた。
「お茶のお代わりはどうだ?」
「いえ、結構です」
(僕もいらない)
「アムルもいらない」
三人が首を横に振るのを見て、ロウは、肩をすくめた。そして、三人に背を向けると、一人分のお茶を注ぎに、暖炉へと向かう。
「それで……師匠は、このマルメロが世界を救うとお考えなのでしょうか?」
「さあな。言っただろう。ただの言い伝えだと。予言も所詮は、真実とは違う。長い歴史の間に歪まされている真実もあるやもしれんからな。信じられるのは、己の目で見たものだけだ」
思わせぶりなことを言いながら、ロウが湯気の立つ湯呑を持って、椅子に座る。
ドクダミの独特の香りが漂ってきて、アムルとユースティスは、顔をそむけた。
「それで……一体俺たちは、どうすればいいのでしょう」
シンのすがるような声に、ロウは、ドクダミ茶を美味しそうに一口すすってから口を開いた。
「まずは、守護聖獣に会え。そうすれば、何かが分かるかもしれん」
アムルが眉をしかめる。
「〝シュゴセイジュウ〟って、何?」
(アムル……
「そうだっけ?」
「守護聖獣とは、遥か昔から、聖樹と共に生き、聖樹を守り続けている獣のことだ。聖樹のことならば、守護聖獣が一番よく知っているだろう」
アムルの問いに、ロウが答えた。
「しかし、守護聖獣は、滅多に姿を現さないと聞きます。樹官長すらいないこの状況で、一体どうやって聖獣に会えばいいのですか」
「そこまで私は責任を持たん。お前らでどうにかしろ。話は、それだけか?」
ロウの突き放すような口調に、シンは、これ以上聞いても無駄だとわかり、口を横に振った。この老爺が、自分の興味がないことに関しては、全く動いてくれないことを、身に染みて知っているからだ。
「あと、もう一つだけ。……竜と心を通わす魔法というのは、存在するのでしょうか?」
ユースティスがシンを見る。彼の言葉の真意に気付いたからだ。
「なぜ、そんなことを聞く」
ロウが険しい表情をして聞き返した。
その反応に、シンが口ごもる。
「それは……」
「……そうか、そのドラゴンの赤ん坊のことが知りたいんだな」
「え、ええ……そうです」
「ふん、まあいい。ついでに調べておいてやろう。私も、お前たちの話を聞いていて、気になったことがある。それで……いつまで、ウィンガムには滞在する予定だ?」
シンは、肩をすくめた。
「……さあ、どうでしょう。とにかく、風の問題をなんとかしなくては、このまま立ち往生です」
「そうか。なら、都合がいいな。また、二、三日後に、ここへ来い。……そうだ。宿は、どうしている。うちを使うか?」
「いえ、他に連れがいるので。中央街にある風見鶏亭に泊まっています。何か分かれば、知らせてください」
「よし、わかった。そうと決まれば、さっさと帰ってくれ。私は、調べもので忙しいからな」
ロウは、そう言うなり、本当に文字通り、さっさと三人のことを小屋から追い出してしまった。
ぐぅ~……っと、誰かの腹の虫が不満げに鳴いた。
「お腹すいたぁ~……」
アムルが自分のお腹を押さえて言った。
「宿に戻って、何か食事をもらおう。すまない……あまり大した情報が得られなくて」
シンが申し訳なさそうに謝罪する。
「面白いおじいちゃんだったね!」
アムルの明るい声に引っ張られながら、三人は、丘を
その間、ユースティスは、一人で先程のことを考えていた。
(どうしてシンは、誤魔化したんだろう。僕の能力のこと、話せばいいのに……)
ユースティスは、ちらっと横目でシンを盗み見た。
仮面を被っているので、シンの表情は見えない。
だが、それだけではなく、シンが心の内に抱えている闇は、ユースティスにでも、簡単に読み取れそうにはなかった。
(誰にでも、人に知られたくないことの一つや二つ、あるよね……)
つまりは、そういうことなのだろう、とユースティスは、自分を納得させた。
シンは、人の痛みがわかる側の人なのだ。
§ § §
その頃、ウィンガムの街に、一人の男が足を踏み入れていた。
翡翠色の長髪が腰よりも下に伸びて、陽の光を反射し、きらきらと輝いている。
細身の長身だが、骨格は骨ばった男のものだ。やけに端正な顔立ちをした美しい男だった。
「帰ってきたんだ……」
男が、そっと風に囁くように呟く。長い睫毛に縁取られた切れ長の目を細めて、赤やオレンジ色の煉瓦が並ぶウィンガムの街を見つめている。
その表情には、哀愁とも嫌悪ともとれる複雑な色が浮かんでいる。
男は、風を背負うかのように、静かにウィンガムの街へと歩を進めた。
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