第七話 探しもの

 ユースティスの目の前で、燃え盛る木が、どうと地面に伏し、火の粉をまき散らした。下敷きになると思われたアムルだったが、寸前のところで、突如現れた白い人影に救われて、無事であった。


「大丈夫か?」


 アムルを助けた人物が言った。低い男の声だった。男は、白いローブを身に纏い、顔に白い仮面をつけている。

 男の腕に抱かれるままになっていたアムルは、びっくりして、大きな蜂蜜色の瞳をぱちくりさせている。


「……おじさん、だれ?」


 ぴくっと、白い男が反応したように見えた。


…………私は……」


(アムルっ!)


 ユースティスが、アムルに駆け寄って来たので、男は、それ以上言葉を紡げなくなった。


(助けてもらったんだよ、まずは、御礼を言わなきゃ)


 ユースティスに指摘されて、ようやくアムルは、自分の身に起きたことを自覚したようだった。

 今つい先程までアムルが居た場所には、燃える木が倒れて、黒いシルエットを作っていた。男に助けられていなければ、今頃、アムルは、あの木の下敷きになっていただろう。


「……あ、そっか。ありがとう、おじさん!」


 満面の笑みを向けるアムルに、男は、言葉を詰まらせながら言った。

 

「いや……それよりも、ここに居ては、危ない。

 ハルニレの神樹のある場所は、まだ火の手が回っていない。

 そこに避難するんだ」


「はっ、そうだ! 里のみんなは?!」


 アムルが思い出したように、男に尋ねた。


「大丈夫、みんなそこに居るよ。

 さあ、早く」


 白い男は、アムルを促すように背を押した。

 アムルが男を振り返って、首を傾げる。


「おじさんは?」


 一緒に行かないのか、と思って尋ねたようだった。

 しかし、男は、アムルの問いに、首を横に振って答えた。


「……私は、子供を探しているんだ。アムルという、この里の女の子なんだが……」


「アムルは、あたしだよ?」


 アムルが目を丸くして、自分を指さした。


「君が?」


 男も意外だったのか、改めてアムルに向き直る。


(この男……どうして、アムルを……まさか……)


 ユースティスは、改めて見たことのない男の恰好を見て、何かを悟ったようだった。向かい合っていた二人の間に割って入ると、アムルを自分の背に庇うように、男から少し距離をとる。


「ゆーくん、どうしたの?」


 アムルは、何も気が付いていない。

 けれど、男の方は、ユースティスの態度から何かを感じ取ったようだった。

 男とユースティスの間に、緊迫した空気が漂う。


 そこへ、緊迫した空気を切り裂くように、空から獣の泣き叫ぶ声が鳴り響いた。


 三人が頭上を仰ぎ見る。青い空を背景に、黒い竜が翼を広げて、視界を横切ってゆく姿が目に入った。


「ドラゴン?!」


 アムルが素っ頓狂な声を上げた。

 すると突然、ユースティスが、その場にうずくまる。


「ゆーくんっ?!」


 アムルが心配して声を掛けるが、ユースティスは、身体を抱きしめたまま、動かない。


(痛い……苦しいって、言ってる……)


「彼は一体、どうしたんだ? どこか怪我でもしているのか?」


 突然、自分の身体を抱きしめて蹲るユースティスを見て、白い男は、焦った口調でアムルに訊ねた。


「ゆーくんはね、あのドラゴンの気持ちが分かるの!」


「そんな馬鹿な……」


(……返せって……何か、大事なもの……奪われた……)


 ユースティスの心を声を聴いたアムルは、はっと何かに思い当たる顔をした。


「ゆーくん。もしかして、あのドラゴン……卵を探してるんじゃないかな?」


「卵? 一体、なんの事だ?」


 男には、ユースティスの心の声が聞こえない。訳がわからないまま、アムルの動向を見守るしかない。


「あたし、卵を取ってくる!」


 アムルは、きびすを返すと、来た道を駆け戻って行った。


(アムル……待って!)


 ユースティスも、何とか立ち上がり、アムルの後を追う。


「一体、何がどうなってるんだ……」


 男には、さっぱり訳が分からない。それでも、自分の探していた少女を放っておくことは出来ず、渋々アムルを追いかけた。

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