第四話 モリスの長い話
ユースティスは、顔を俯けたまま、その場を動こうとしない。
モリスは、そんなユースティスが外へ出て行くのをじっと待っている。
そして、アムルは、モリスの話とやらを待って、ぼーっと突っ立っている。
三人が無言のまま、妙な間が空いた。
モリスは、ユースティスに気を遣いながら、アムルに問うような視線を送る。
しかし、アムルは、その視線の意味が分からないようで、ぽかんとした顔で突っ立ったままだ。
そこで見兼ねたユースティスがアムルの袖を引くと、アムルは、ああそっか、と何かに気付いたように顔を上げ、モリスに向かって口を開いた。
「ゆーくんは、祭壇のお掃除がまだ途中なんだって。
だから、一緒に話を聞いててもいい?」
アムルの言葉に、モリスの表情が強張る。
でも、それは本当に一瞬で、すぐにいつもの冷静で穏やかな老爺の顔になった。
「……いや、それは後で良い。
話が終わったら、わしが呼びにいこう」
アムルは気が付かなかったようだが、ユースティスは、モリスの様子に只ならぬ何かを感じたようだった。
ぎゅっとアムルの袖にしがみつくと、決して離れまいと身体をアムルに寄せる。
動こうとしないユースティスに強い意志を感じとったモリスだったが、念のためアムルに訊ねた。
「………ユースティスは、何と言っておる」
「『やだ。絶対、アムルと一緒にいる』って」
モリスが溜め息を吐く。
ユースティスの顔は、長い前髪で上半分が隠れているため、表情を読み取ることが難しい。その上、彼は、普段からあまり感情を表に出さない。しかし、ことアムルのことに関してだけは、こうして感情の色を見せる。
モリスは、そのこと自体が悪いとは決して思っていないが、今から話す内容を聞いて、ユースティスがどう受け止めるかが心配だった。
「…………まぁ、よい。
どちらにせよ、後で知ることになるのじゃ。
その代わり、わしが話す間、決して口を出すでないぞ」
(…………)
ユースティスが黙っていると、モリスがはっとした表情で自分の失言に気付き、申し訳なさそうな顔をする。
「……そうか、お前は、口がきけんかったな。すまない」
ユースティスは、何も言わない。
アムルも何も言わないので、モリスは、さっさと話を進めようと祭壇の方へと向かった。
祭壇の向こう側には、拝殿を覆う壁が造られておらず、神樹であるハルニレの木肌が直接拝める形になっている。
神樹は、村を守ってくれる大事な守り木だ。
決して傷つけてはならず、もし、少しでも傷をつけるようなことがあれば、村に災いが降りかかると言われている。
だから、こうして神樹の様子を間近で確認できるよう、神樹へ感謝の祈りを捧げられるように拝殿が造られた。
そして、その拝殿で神樹に寄り添い、神樹を見守る役目を負っているのが<樹官長>だ。
「……よいか、アムル。今からわしの言うことをよく聞くのじゃぞ。
おっほん。えー……どこから話したものかのぉ……」
モリスは、自分の顎から生える長い白髭を撫でながら、言葉を探すように空を見上げた。
その視線の先をアムルが目で追う。すると、神樹の木肌を一匹の子リスが駆け上がっていくのを見つけた。
アムルは、ぱっと瞳を輝かせて、子リスの様子を目で追い始めた。
そうじゃ、とモリスが手を叩くのにも気付かない。
それに気付いたユースティスが、アムルの袖を引っ張り、少女の注意を戻した。
「この世界は、七本の聖樹によって成り立っていることを知っておるな。
<七聖樹>と呼ばれているもののことじゃ。……なに、知らんじゃんと。
お前は、今までわしの話をろくに聞いておらんかったな。
……まぁ、よい。
<七聖樹>とは、世界の源となる七つの聖なる力が宿っており、世界の均衡を保っておるものじゃ。
……ふむ。そうじゃな。
このハルニレの神樹のような存在と言えば、分かりやすいかのう。
じゃが、神樹よりも更に巨大で神聖な、尊い存在なのじゃ。
……まぁ、要は、世界にとってなくてはならん存在、という意味じゃ。
<七聖樹>の均衡が少しでも崩れると、世界は、破滅する……と、言われておる。
……決して冗談を言っておるのではないぞ。
村に災いが降りかかるという話のレベルではない。
植物は枯れ、土地は痩せ衰え、人々は争い、世界は闇に閉ざされると…………っておい、聞いておるのか」
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