第四話 西の丘に住む鷹の目の老爺

「ウィンガムで、今何が起きているのか……教えてくれませんか?」


 シンは、小屋に入るなり単刀直入に聞いた。

 だが、老爺は、それを無視して、部屋の奥へと進み、抱えていたクロスボウを部屋の一方の壁に立て掛けた。

 小屋の中は、雑多なもので散らかっていた。真ん中に十人くらいが座れる大きな木製テーブルがあり、その上には、木を削って何かを作りかけている途中のものが広げられている。


「うへぇ~……なんか、クサイ……」


 小屋の中へ入るなり、アムルが顔をしかめて鼻をつまんだ。

 ユースティスも思わず、自分の鼻を手で覆う。

 部屋中、むわっと何かの強烈な臭いが充満している。


 しかし、一番匂いに敏感な筈のマルメロは、アムルの肩にかかる髪の毛から顔を出し、興味津々といったふうに部屋の中を見回している。


 老爺は、やはり無言のまま、部屋の奥にある小さな暖炉へ向かった。

 三人が見守る中、暖炉の火にかけてある鉄鍋の中から何かをすくい、四人分の湯呑に注いでゆく。それらを盆に乗せ、中央のテーブルまで運ぶと、木くずを除けて、端に置いた。


「まぁ、まずは座れ。茶でも飲みながら話そう」


 三人は、老爺に言われるまま、木の丸太でできた椅子に座った。


「師匠、少しは片付けてくださいよ」


 部屋の中を見回しながら、シンがため息を吐く。

 それを聞いた老爺は、うるさそうに顔をしかめて、手でくうを払った。


「なに、急に来たお前らが悪いんだ。いつもは、もっと綺麗にしとるわい」


「二人とも……この人は、ロウ=サルヒ。

 さっきも少し話したけど、俺がウィンガムにいた頃、世話になった人だ。

 師匠、この二人は、アムルと、ユウです」


 シンが簡単に三人のことを紹介する。

 ロウは、それに軽く頷きながら、三人の目の前に湯気の立つ湯呑を差し出した。

 ユースティスが湯呑の中を覗くと、濃い茶色の液体が入っている。


(……臭いは、このお茶からだね。アムル、飲んでみてよ)


「えーっ、嫌だよ。くさいもん。くさってるよ、これ」


 アムルが顔をしかめて鼻をつまむ。


くさってなんかない。ドクダミ茶だ。身体にいいんだぞ」


 ロウは、そう言うと、自分の湯呑からお茶をずずずと美味しそうにすすった。

 それを見たアムルとユースティスは、互いの様子を伺うように顔を見合わせる。

 どうしようか迷っている二人の横で、シンが仮面を顔から少し浮かして、湯呑に口をつけた。


「……懐かしい。師匠の味がします」


 平気そうにお茶を飲むシンの様子を見て、アムルとユースティスは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 まずは、アムルが恐る恐る、湯飲みに口をつけてみる。


「おえぇ~……くさすぎて、むりぃ~……」


 アムルが鼻をつまみ、すぐに渋い顔で湯呑から顔を背けてしまった。

 それを見たユースティスは、口に運びかけていた湯呑をさっと自身から遠のけた。

 

(ぼ、僕もいいや……)


 ロウが残念そうな顔で、二人から湯呑を受け取る。


「なんだ、飲まないのか。べつに苦くはないんだがなぁ……。

 そうだ、砂糖を入れて甘くしてやろう」


 ロウは、席を立つと、奥の棚から木の容器を取り出し、中から小さじ一杯分の白い粉をすくって、アムルとユースティスの湯飲みに入れてやった。

 そこまでされて飲まないわけにはいかない。

 ようやくアムルが意を決して、一口すすってみる。


「うぇ……なんか、しょっぱい」


 舌を出して妙な顔をするアムルを見て、ロウが、今、自分の持ってきた木の容器の中身を確認する。


「ん? ……すまん、こりゃ塩じゃった!

 ぐわっはっはっはっはっ!」


「……師匠。砂糖と塩の器くらい間違えないでくださいよ」


(わざとだっ。このおじさん、今わざと砂糖と塩を間違えたフリしてる!)


 ユースティスがロウの心を読んで、アムルに伝えた。


「ぇえっ、なんで? ひどい!」

 

 だが、アムルがロウを追及する前に、シンが話題を変える。


「それよりも、話を聞かせてくれませんか。

 何故、ウィンガムの風が止んでいるのか」

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