第三話 新たな出会いは光矢のごとし

「どういうこと??」


 首を傾げるアムルに、シンがベトゥラの言葉を継いで答える。


「……風だよ。<ラタトスク>は、風樹に吹く風に乗って、<ハルディア>とを行き来するんだ」


「なぜ、あの樹官吏は、このことを教えてくれなかったのでしょう。

 風樹に仕える樹官であれば、<ラタトスク>が風と深い関わりがあることを知っていて当然のこと」


 ソルブスが責める口調で言い放った。


「ふんっ、どうせ教えるのが面倒だっただけだろう。

 ……全く、使えん樹官吏だ。

 <ハルディア>へ戻ったら、即刻、新しい樹官長を立てて、体制を立て直さねば」


 苛立つ様子のベトゥラに対し、ユヒが思案気に口を挟む。


「ふむ…………もしくは、樹官長が不在であることが、何か影響を及ぼしておるのやもしれんのぉ」


「ユヒ様は、何かご存知なのですか?」


 もしや、とベトゥラが期待する口調で問うた。

 しかし、ユヒは、力なく首を横に振る。


「……いや。残念じゃが、わしの長い記憶を持ってしても、樹官長が不在であったことは一度もない。これも<七聖樹>の均衡が崩れてきておる証やもしれぬ……」


 ぐりゅるるるる………


 盛大なに、皆が一斉に音の発信源を探した。アムルだった。

 アムルは、空腹で歩き疲れて限界だったのか、地面にうつ伏せで倒れている。


「あたしのパイ~…………」


(アムル~! しっかりして~!)


 ユースティスがアムルを揺すって話し掛けるが、返答はない。

 ただの屍のようだ。

 それを見たベトゥラは、ため息をついた。


「……とりあえず、まずは食料の調達と、宿の手配だ。

 ソルブス、食事がとれて全員が泊まれる宿を探せ。

 シン…………<クラヴィス>を頼む」


 シンがアムルを背負い、ソルブスが手配した宿へと皆で移動した。

 風見鶏亭という宿では、簡単な食事をとることができた。


 食事を用意してくれた女将の話では、二年ほど前から急に風が止んでしまったらしい。そのため、風車を動かすことが出来ず、住民たちの生活は、貧困の一途を辿っているようだ。

 今は、それまでの蓄えと、人力で小麦を挽くことで、自分たちが生きていく分くらいの食料は、まかなえてはいるものの、このまま風が止んだままの状況が続けば、生活すらままならなくなってしまう。


「大通りの方は、まだマシだけどねぇ……あんまり、人気のない道を一人で出歩かない方がいいよ。最近は、何かと物騒だから……」


 女将の不穏な忠告を聞きながら、一行は、固くぼそぼそとした食感のパンと、温かな野菜スープを有難く頂いた。

 

 宿には、共用の浴室があった。沸かした湯をおけに張り、麻の布で身体の汚れを流す様式だ。皆で順番に使わせてもらい、そこで旅の汚れを落とすことが出来た。

 部屋は、二人部屋を三部屋借り、ベトゥラとアムル、ソルブスとユヒ、そして、シンとユースティスの組み合わせに別れた。

 ユースティスもアムルも、久しぶりの柔らかなベッドに潜り込むと、あっと言う間に眠りについた。


 翌朝、食堂で、女将の用意してくれた昨夜と同じ食事をとりながら、シンが皆に提案をした。


「私に、古いツテがあります。その人は、ここの事情にも詳しい。

 もしかすると、何か解決の糸口が掴めるかもしれません。

 ですから、今日は、そこへ行って来ても良いでしょうか?」


「ツテ? ……ああ、そう言えば、お前は、出身だったな。

 それなら、頼む。

 私たちは、風樹の様子を見て来ようと思う。

 何か分かるかもしれんからな」


 そう言って、ベトゥラがソルブスとユヒを見た。

 二人とも、同意するように頷く。


「わかりました。

 では、アムルとユウは、私が連れて行きましょう。

 その方が、そちらの調査の邪魔にならないでしょう」


 皆、すっかりユースティスの名前を「ユウ」だと勘違いして覚えてしまっている。

 アムルも特に訂正しようとしないので、そのままになっているようだ。


「……宜しいのですか」


 ソルブスが口を挟んだ。言外に、<クラヴィス>であるアムルから目を離すことになる危険性を示唆している。

 森の中では、他に逃げ場もないので目をつぶっていたが、ソルブスの中に、未だアムルに対する警戒心は消えていないようだ。


「……まぁ、いい。他に行くアテもなかろう」


 だが、とベトゥラが強い口調で念を押す。


「逃げようなどと、努々ゆめゆめ思うなよ。

 シンは決して、<クラヴィス>から目を離すな」


 はい、とシンが軽く頭を下げて答えた。


「……ということで、いいかな?

 一緒について来てくれると助かるんだが……」


 シンは、改めてアムルとユースティスの方を向いて訊ねた。


「うん、いいよ! ねっ、ゆーくん。一緒に行こう」


 アムルが即答して、ユースティスにキラキラとした瞳を向ける。


(……僕は、アムルが行くなら……)


「ユーくんも、いいって!」


 アムルがユースティスの言葉をシンに伝える。


「そうか、よかった。ありがとう、助かるよ」


「だって、パイを食べるためだもんね!」


 一人張り切るアムルを見て、誰も何も言わなかった。



  §  §  §



 一行は、宿を出たところで二手に別れた。

 ベトゥラとソルブス、ユヒの三人は、風樹がある街の東側へ、シンとアムル、ユースティスの三人は、街の西側へ向かう。


(シンの知り合いって、どんな人なんだろう?)


 ユースティスの声を代弁し、アムルがシンに問い掛ける。


「シンの知り合いって、どんな人なの?」


「ああ、俺が昔、世話になった人でね。

 俺に、生きる術を教えてくれた大恩人なんだ。

 ちょっと変わってる人だけど……いろんなことを知っているから、会えば色んな話を聞けて、きっと楽しいと思うよ」


(…………ちょっと楽しみかも)


「ゆーくんが、楽しみだって♪」


 アムルの言葉に、ユースティスが顔を俯ける。

 それを見たシンは、それは良かった、と明るい声で答えた。



 シンがアムルとユースティスを連れて行ったのは、ウィンガムの最西端にある小高い丘の上だった。街から少し離れた場所にあるため、振り返るとウィンガムの街が一望できる。遠くに風樹の姿も見えた。あまりの巨大さに、天辺が雲にかかって見えない。


「モリスや、村の皆は、元気かなぁ……」


 ぽつりと、アムルが呟いた。

 ユースティスも、ちょうど同じことを考えていたので、はっとしてアムルを見た。


 今、目の前に広がる光景は、長閑のどかな森に囲まれた<エルムの里>とは全く異なっている。

 聖樹である風樹は、神樹であるハルニレより遥かに巨大で荘厳だ。ウィンガムの街は、エルムの村が幾つも入るくらいに広い。

 建物も、赤やオレンジ色の煉瓦で造られた背の高い建物が立ち並び、緑の蔦に覆われた一階建ての小屋しかないエルムの村とは、何もかもが違う。

 それらの違いが、余計に二人を郷愁の念に駆らせているようだった。


(大丈夫。みんな、きっと元気にやってるよ)


 ユースティスの励ましに、アムルがにこっと笑みを返した。


「二人とも、こっちだ」


 シンに呼ばれて、二人は、再び丘を駆け上がる。

 丘の上には、ぽつねんと一軒の古びた木造の小屋が建っていた。


 三人が扉へ近付こうとした時、突然、空気を切り裂き、何かが勢いよく飛び出して来た。先頭を歩いていたシンは、咄嗟とっさに身を引き、それを避けた。

 見ると、つい先程までシンが居た地面に、一本の矢が突き刺さっている。


「近寄るなっ!

 それ以上近寄ると、この鉄の矢を今度は、お前の脳天にぶち込むぞっ!」


 驚いた三人が、一斉に声のした方を向く。

 そこには、黒いクロスボウを肩に担いで、全身に殺気をみなぎらせている白髪の老爺がいた。その目は、獲物を狙うたかのようにギラギラと光っている。


「師匠、お久しぶりです」


 恐怖で固まっているアムルとユースティスとは違い、シンが落ち着いた声音で話しかけた。そして、老爺に向かって、顔につけていた仮面を外して見せる。

 すると、シンの素顔を見た老爺から、すっと殺気が消えた。


「……ん? ……お前は…………シンかっ」


 老爺は、構えていたクロスボウを肩から下ろした。老爺の鋭い眼光が、今度は驚きに見開かれる。


「はい。教えて頂きたいことがあって、来ました。話を聞いてもらえませんか?」


 アムルとユースティスは、シンの言葉から、どうやらお目当ての人物が彼であるこを知り、ほっと息を吐いた。まだ二人とも心臓がどきどきしている。

 老爺は、再び仮面をつけるシンを見て、しかめっ面をする。

 

「お前……生きておったのか。

 それにしても、なぜ、そんな恰好を……まぁ、いい。まずは、家へ入れ。

 話は、中で聞こう」


 老爺は、クロスボウを持ったまま小屋の戸を開けて、中へ入るよう促した。

 そして、シンの背後で隠れるように縮こまっていたアムルとユースティスを見つけると、白い口髭を撫でながら、目をぎらりと光らせた。


「……ほぅ、お前も気が利くようになったじゃないか。手土産つきとはな。

 うむ、なかなかだ」


 アムルとユースティスがびくりと恐怖に肩をふるわせた。


「やめてください。相変わらず、冗談がきついですよ、師匠」


 シンが笑い飛ばすと、老爺は、恐い顔を一変させて、破顔させた。


「ぐわっはっはっ! そうか?

 お前も、その生真面目な性格は、変わっとらんな」


 アムルとユースティスは、互いの顔を見合った。どちらも同じくらい真っ青な顔をしている。


「俺は、普通です。

 ほら、師匠がそんなことを言うから……二人が怯えているじゃないですか」


「大丈夫じゃ。わしは、子供の肉は食わん。もちっと肉付きが良くなきゃな」


「師匠っ!」


 師匠と呼ばれた老爺は、シンの叱責に、再び大きな口を開けて笑った。



‣挿絵つき。

https://kakuyomu.jp/users/N-caerulea/news/16818093078307560961

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