第15話 そんな彼女は魔剣使い
鈍い音と共に、一抱えほどもある大顎が宙を舞った。頭部を失った大ムカデは脚部をでたらめに動かしながらしばしの間のたうち回り、やがて動かなくなる。
パメラは残された大ムカデの体に歩み寄ると、剣先で体節を数え上げ――探り当てた
「――先を急ぎましょう」
「ええ」
始末を終えた彼女が振り向くと、銀と赤色で拵えた剣の装飾が木漏れ日に反射して鈍く光った。俺は再び
俺が藪をはらう間、パメラは後方から魔物の襲来を警戒しながら付いていく。現在の二人パーティーの場合、行く手に敵が立ちふさがるよりも、背後からの不意打ちの方が恐ろしい。
藪漕ぎには毒虫などの危険もあったが、こちらは宿場町の市場で入手した獣除け・虫除けの木なるアイテムが実によく効いてくれていた。市場の物売りから教わった通りに着火すると、猛烈な勢いで立ち上った煙が俺たちの全身をすっかりいぶしたためだ。
おかげで虫刺されもしなければ、樹上の獣から石だのを投げつけられる心配もなかった。全身から異臭を垂れ流した状態になっていることを除けばまったく便利な代物だった。
いやまあ、俺は別に構わないんだが……。
「……煙の件はすみません。認識が足りていませんでした」
「謝らないでください。この手の臭気も訓練で慣れっこですし、毒虫に刺されるほうがよほど恐ろしいです」
「そう言ってもらえると救われます」
「宿場町の方々にしても、虫よけは日用品のたぐいでしょう。彼らが笑ったのも街中で使ったからというだけのはずです」
「ええ……反省してます……」
市場の連中の視線を思い出して俺はおおいに恥じ入った。とはいえ、こいつのお陰で魔物の警戒に集中できているのだから、文句を言う筋合いでもないな。
生物に限らず、魔術的な手段で作られた
この呼び名を与えられる条件はただ一点、人類に積極的に危害を加えるかどうかだ。
(そういやあ
あくまで『悪い人間』と『善い人間』の戦いを描きたいということなのだろうか? 種族間闘争は範疇外ということのようだった。
要は、このゲームの主題は人類社会の内ゲバという訳だ。
よって、本来は王都深部にて待ち構える類のエネミーである
しかし、いざ現地に繰り出してみれば俺の考えは杞憂だったらしい。彼女の剣技は獣や蟲相手にも引けを取らない。先ほどの大ムカデがいい例だ。
「剣の調子はいかがです?」
「万事とどこおりなく。……血も含め、すべての生物には体液が流れています」
彼女の返答と共に、カチャリと金属の触れ合う音がした。肩越しにちらりと振り返ると、彼女は自らの帯びた剣に手を触れさせている。
「で、あれば。私の『キサラ』の敵ではありませんから」
パメラが大ムカデの心臓を刺し貫いたのは、とどめを刺す行為というばかりではなかった。ましてや彼女に嗜虐癖があるわけでもない。
「大丈夫ですか? その、御父上から授けられたのは特殊な武器の類と聞きましたが」
問いかけに、パメラは無言で返した。
(……嘘のつけない人だ)
俺はため息を疲労によるものとごまかしながら、彼女へ提案する。
「もう少し行ったら休憩しましょうか。ぼちぼち藪も抜ける頃合いのようだから」
これまで通っていたのは現地人が果物の採取や薪集めに訪れる里山のような一帯だった。しかし密林の深部へ至りつつあるなかで、周囲の風景も変化し始めている。
樹木は高く生い茂り、辺りは薄闇に閉ざされていた。陽の届かない場所では草や低木も満足に育たないためだろう、これまでは行く手を阻むように生い茂っていた藪もほとんど姿を消している。
人の手の介在せぬ、原初の森だった。
枯葉に覆われた地面をさくさくと踏みしめ、平らな場所を見つけて腰を落ち着ける。陽のぬくもりの届かないここは、じっとりとした湿度はそのままに温度がぐっと下がって汗ばむ肌を冷やしていく。
パメラが伸びをする横で、俺は鞄をあさる。取り出したのは、小さな布包みだ。
「どうぞ」
片方を彼女へ手渡し、俺自身も己の分を手に取る。中身は乾燥したイチジクの実だ。火と風の魔力で水分を飛ばした速成のドライフルーツだった。ひとつをつまみ上げて口の中に放り込む。
この新品種については先だってのケーキで異常な甘みの程を嫌というほど味わっている。なので、あくまで行動食と割り切って持参していた。だがしかし。
水分が飛んだ果実のねっとりとした食感と、元からあった強い甘みが劇的な噛み合いを見せた。ぷちぷちと弾ける種の歯ざわりも快く、乳液のようなイチジクの香りがよいアクセントだ。例えるならば上等なチョコレートのような、構築的な味わいがそこにあった。
俺たちは思わず顔を見合わせる。
「保存食向けの品種でしたか」
そうつぶやくパメラの声音は感嘆するような調子を帯びている。
「そういやあ王妃様は救荒作物の開発に御熱心でしたね」
「刻んでケーキに焼き込み、田舎風に仕立てるのも合いそうです」
そりゃ美味そうだ。俺は干し果物を咀嚼しながら、『現代日本』を懐かしむ。はるかな王都ですら比較にならないほどに隔てられた、ここではないどこか。そこでは凝った製法の菓子たちがコンビニやそこいらの店でいくらでも買えた。
今となっては夢物語のような話だ。
俺の前世がパティシエだったら一山当てられただろうか。いや、販路の問題がある。結局のところはコストの問題が立ちはだかるから、王都の職人たちにそこまでのアドバンテージも付けられないか?
「クレメント様」
俺が愚にもつかない妄想をしている間に、携行食をすっかり食べ終えたパメラが覗き込むようにしてこちらを見つめていた。
「あ、はい。ここからの行程ですが――」
てっきり今後の道のりの話かと早合点した俺が地図を取り出すのを制し、パメラは「静かに」の身振りをする。そして跳ねるように立ち上がり、腰の剣を抜き放った。
「囲まれつつあります。クレメント様はあちらの木陰へ」
パメラが背後を指し示したのとほぼ同時に、向こう正面の薄暗がりでいくつもの影がうごめいた。やがて姿を現したのは、地面を這い進む巨大な蛇の群れだ。
金と黒の鎖模様の鱗に覆われ、胴回りはパメラのウエストと遜色ないほどの太さだ。緑色の眼球に剣呑な光を宿し、細い舌をさかんに出し入れしながら周囲をうかがっている。
それが、五体。おおよそ半円形をした陣形を描きながら、じわじわと距離を詰めてくる。
「――!」
詠唱を終えた俺が
(よし、刺さった!)
大蛇の群れめがけて歪んだ力場が覆いかぶさる。四体の動きがとたんに鈍る中、難を逃れた一匹の大蛇が鎌首をもたげてパメラへと飛び掛かった。その動きを予見していた彼女が剣を――『緋踏のキサラ』をひらめかせ、その切っ先を大蛇の口の中へ叩き込む。
「ギシャァァァァァァァッ!」
脳天を刺し貫かれた大蛇は耳障りな叫び声をあげて、刃から逃れるために尾を横薙ぎにしてパメラに叩きつけようとした。
しかし、その必殺の一撃が彼女に届くことはない。
剣を握り、パメラは身を低くする。ぐっと踏み込み、両腕を振りぬく。濡れた布を引きちぎるかのような音と共に、まだら模様の胴体が縦に両断され宙に躍る。
死骸が血と肉片をまき散らして地面に落ちる頃、ようやっと追いついた残りの大蛇達がパメラへと襲い掛かった。
しかし奴らも彼女の敵ではない。先頭の大蛇を一刀のもとに斬り伏せて距離をとり、追いすがったものから順番に仕留めていった。
剣筋はよどみなく、パメラの研鑽のほどがうかがえる。一方で彼女の速度は、膂力は、人間のそれを超えていた。それはパメラ・ハーディに与えられた武器の性質によるものだ。
大蛇の群れを全滅させたパメラが剣を下ろす。両刃剣は血にまみれ、剣先から鮮紅色の雫が滴り落ちるほどだった。しかし一呼吸の後、そこには元のとおり白銀に輝く刀身が姿を現していた。
魔剣『
「パメラさん! お怪我はありませんか」
念のため取り出した傷薬を片手に俺が駆け寄ると、パメラはゆっくりと首を振った。
「問題ありません」
彼女が頬の返り血を拭う。確かに、些細なかすり傷も負ってはいなかった。
パメラの持つ『緋踏のキサラ』の性質をRPG風に述べれば、『全ステータスアップ+ターン経過で徐々に強化率アップ』というところだろう。ゲームバランス的には破格の性能と言えた。
となれば、こうしたアイテムの常としてデメリットも搭載されている。それはくだんの魔剣も例外ではない。
とはいえその後も行程は危なげなく進み、俺とパメラはとうとう密林の最深部、忘れ去られた神殿へ到達した。薄靄のかかる中にそびえたつ異様なシルエットが、秘密めいた気配を振りまいている。
接近していくにつれ建造物が全容を表していく。それは小さな塔が寄り集まって大雑把な円錐形を成していた。石材は有機的な形に切り出され、髪の毛一本も通らないほど緻密に組み上げられている。どのような工法を用いたものか、さっぱり見当が付かない。
ひとつには、俺が魔法の存在する世界の建造様式に疎いということもあるかもしれないが……。
けれども俺の傍らでは、パメラもまた声を失って神殿を見上げていた。
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