第14話 俺が彼女に遠慮がちな理由
(下賜された剣であれ、か)
彼女のその発言を聞いた時、俺は反射的に『パメラさん、あなたは物なんかじゃありませんよ』などと言いかけ……どうにか寸前でこらえていた。彼女の顔を見ていたら、そんな場所まで踏み込むべきではないように思えたのだ。少なくとも、今の段階では。
それに、俺はいみじくも彼女自身が述べた通り、その戦力をあてにして助力を請うたのだ。他に選択肢がなかったとはいえ、事実をどう言い繕っても無意味だろう。
「クレメント様、失礼します」
控えめなノックの音と共に、薄い戸板越しに呼びかけられた。パメラの声だ。途端、過去に飛んでいた思考が再び現在にピントを合わせる。俺は慌ててその場から立ち上がると、ドタバタと戸口へ向かって彼女を出迎える。
「どうかしました!?」
「――い、いいえ。明日の行動についてご相談にあがろうかと」
「ああ……できるだけ早い時間に出立したい所ですね」
「ですが、食料の調達は必要です。持参した保存食だけではやや心もとないので」
「翌朝の市が立つまで待つのも時間の浪費になるか……」
言いながら、立ち話もなんだなと肩越しに室内を見る。……やはり、何度確認しても寝台しかない。打ち合わせをするには、不適当極まりない間取りだ。立ちっぱなしで会話を続けるのも不自然だが、まさかこの部屋に招き入れる訳にもいくまい。ここはあくまで寝るだけの場所だ。……寝るだけの……。
「……で、ではパメラさん、食事に出ましょうか! どこかに腰を落ち着けてから、あらためて段取りについて話し合いましょう」
「そうですね。あわせて必需品の買い出しもできれば」
俺がわざとらしい位の明るい口調で告げると、彼女も快諾してくれた。
この宿場町は、すたれて久しい通商ルートの中継地点だ。しかし行き交う者が完全に絶えた訳でも無いようで、現地住民や商人らしき者たちが午後の光に照らされて思い思いに過ごしていた。
埃っぽい道を行きながら、俺は隣で歩くパメラの様子をうかがう。王都を出立した彼女は、今は冒険者風の装いをしていた。
墨色の開襟シャツと、なめし革のパンツにショートブーツをあわせ、髪の毛も一本に編んで背中に垂らしている。背部の小さなポーチの他は、ベルトから剣帯でロングソードを吊ってある程度の軽装だ。……腰や脚部の各所にベルトが巻いてあるのは暗器でも仕込んでいるのだろうか?
「クレメント様?」
視線に気づいたパメラがこちらを振り返る。彼女はいつでもこちらの顔をしっかり見据えて話しかけてくる。俺はそのたびに柄にもなく……妙な緊張感に襲われてしまう。
これから彼女と組んで探索を行うというのに、我ながら先が思いやられた。
「いえ、何でもないです……あ、ここにしましょうか」
彼女の視線から逃れるように周囲を見渡し、目についた飯屋を指す。戸外に出したイスとテーブルでは現地の住人と思しき人々がくつろいだ様子で料理をつついていた。開けた戸口から見える屋内の客も隊商の者と現地の住民とがおおよそ半々の割合だ。
「地元民が利用する店は、美味いものを出すと相場が決まっていますから」
ややあって。俺は先ほどの己の軽率な発言のしっぺ返しを食らうことになった。
「…………」
大皿に盛られているのはとげとげしいフォルムのぶつ切り肉だった。それが、香草と炒め合わせられて薫り高い湯気を立てている。
この肉をどう形容すべきだろうか、俺の記憶から一番近しい物を引っぱり出すと、サソリだとか、トゲだらけの甲虫だとかが近い。それも、バケモノじみた大きさの。
どう考えてもモンスターの肉じゃねえかなあ、これ!
俺がなけなしの食欲を奮い立たせている隣では、パメラが黙々と食事を進めていた。
例のとげとげの切片を手に取ると分厚い殻を外して身を頬張り、椀に注がれた発酵飲料を一息に半分ほど飲む。次いで、芋の粉で焼いた薄焼きを手に取っている。壺に入った刺激臭のするペーストを塗りつけ、くるりと巻いて二口ほどかじり取ってもぐもぐと口を動かしている。
まったく、惚れ惚れするほどの食いっぷりだった。
下手に声をかけるのも邪魔だろうか。……などとゴチャゴチャ考えながら、俺は素焼きの水差しを手に取って彼女の椀に飲料のお替りを注いでやった。ついでに自分の分も椀に継ぎ足し、メインディッシュの皿から視線を外してちびちびと飲み始める。
どうやら現地の木の実を用いたらしい薄甘い飲料は、いわばどぶろくの手前のような物だろう。現地民らしき普段着の客ががぶがぶと飲み干しているのは、聞けばこいつの最終形態である濁り酒だそうだ。肴は例のとげとげの香草炒めである。
「クレメント様は召し上がらなくてよろしいのですか?」
薄焼きを食べ終えたパメラが声をかけてくれる。その気遣いがいたたまれなくて、俺はようやく食器を手に取ると、極彩色の炒め物を攻略しにかかった。
「――それで、具体的な行程に関してですが」
「とりあえずのところは大丈夫でしょう。なんせ、既に調査隊が入っていますから」
「なるほど。彼らは藪漕ぎをして行き帰りしていますものね」
「ええ。最悪でも痕跡程度は残っているでしょうから、そいつを辿る予定です。仮にどこかで途切れていても、目的地の位置関係は割り出しているので問題ありません。ルートについてはこんなところで大丈夫でしょう」
食事を終えた俺たちは、そのまま一服しつつ店のテーブルに地図を広げて打ち合わせに取りかかる。
パメラは店の者に酒と適当な乾きものを頼んでいた。一方の俺は、未だ舌に残る鋭い酸味の口直しに甘い木の実を用意してもらっている。現地じゃ子供のおやつらしいが、背に腹は代えられない。
「道中の魔物についてはお任せください、何が来ても斬りはらって差し上げます」
「頼もしいですね」
俺がつい感想を述べると、パメラは俺の顔をじっと見つめてきた。二度、三度とまばたきをしてなお、視線は外れない。
「ええと……何か、まずいことを言っていたら申し訳ありません」
「いいえ。そんなことは……」
ふいと顔をそらして、彼女は杯をぐっと煽った。
パメラとお互いの部屋の前で別れたのは宵の口のことだった。
以降、俺は継ぎ当てだらけのマットレスに横たわったまままんじりともせず天井を見つめている。あちこちの隙間からこぼれ出た、木の実の殻やおがくずで背中やわき腹がじゃりじゃりする感触にも、夜半に迫る頃にはいい加減慣れてきた。
が、相変わらず頭の中を占めるのはパメラについてだ。
(俺は、確証のない賭けに彼女を巻き込んでしまったんじゃないか?)
彼女の同行を歓迎した理由は、一つにはゲームの中の彼女が非常に厄介な敵であったこともある。
彼女はプレイ経験の中でもそれなりに印象深いギミックの持ち主だった。彼女の性能――今となっては面と向かって接している人物にこうした語をあてるのも問題はあるが――は、今の俺にとって喉から手が出るほど欲しいものだ。
だというのに、俺の中には依然として迷いがある。
いたずらに危険にさらすことを悔いるには、俺と彼女の戦闘力はあまりにかけ離れている(当然、俺が低い側だ)。なにより、一連の俺の行動はあくまで生き延びるのが目的だ。マジな命の危険が考えられる場合は、いさぎよく撤退するつもりもある。
(――ああ、なるほどな)
これは負い目だ。
俺の都合でしかないことに、なんの関係もない彼女を連れ出してしまったことへの。
パメラが協力者である理由は、ひとえに俺たちが共通の主君、ヴォジェニ公爵に仕えているためだろう。
俺が、彼女自身の献身と同じくらいの熱心さでお役目を果たしていると信じているのだ。そのことに思いを馳せるたび、俺の中に重苦しい気持ちが湧きおこるのは何故だろう。例えるならばそれは、『後悔』と名のつくものによく似ていた。
誰彼構わず欺き、口車に乗せて来たというのに、なにを今さら――。
そのあたりで、俺は忍び寄る睡魔に負けた。意識が薄れるのに任せて、眠りに落ちていく。明日も早い。今の俺に、好きなだけ考えにふける余裕はなかった。
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