第12話 俺以外の誰かよ、いざ大冒険へ……あれ?

 イジー・リフリークは痩せぎすで、不摂生を絵にかいたような男だった。伸ばし放題の髪を大雑把に括った、身なりに構わないのがありありと分かる胡乱な風体をしている。

 かけている銀縁眼鏡がこの世界ではまだまだ高級品なことが、彼が貴族の出自であることを辛うじて示していた。


 彼が籍を置くのは王立学院の研究機関だ。ここでは古代の伝説や魔術についてさかんに研究されている。

 ……といっても、イジーの研究室は研究棟の中でもかなり外れの、物置のような場所であったが。


 古代の邪神伝説という、マイナー極まる研究テーマのせいだろうか。彼はこの象牙の塔において、あまり力のある方ではなかったようだ。


 だからこそ、俺が接触を図ると彼は即座に飛びついてきたのだろう。


 先だってのゾルターンの手帳が競売にかけられた一件は、彼に希望と絶望をもたらした。

 それさえあれば、彼の唱える説が真実であると世に知らしめることができる。しかし、高騰しきった邪神関連の品を彼が競り落とすことは叶わなかった。


「出所は秘密。詮索無用とさせていただこう」


 手帳の写しをイジーの側へと押しやる。彼は信じがたいものを見る目で、向かいに腰かける俺と机上の紙束を交互に見比べていた。


 今の俺は『とある篤志家』が寄越した使いということになっている。どう見てもまともとは言い難い情報提供のやり方であったが、イジーがその点をつつくことはなかった。


 一つには、俺がなるべく強面の『顔』を選んでいるせいもあるだろう。何らかの裏稼業が関わることだと匂わせている訳だ。


「中身の真贋はそっちで確認しろ。あんた、専門家なんだろ?」


「え、ええ! そうですね……」


 イジーは焦った様子で紙束をひっつかみ、そそくさと懐にしまい込んでいる。

 それを待ってから、俺は口を開くと重々しい調子で念を押す。


「その写しをどう使うかはお宅に任せる。対価も必要ない。……ああ、一点だけ注文させて貰おうか」


「なな、なんでしょうか!?」


「アランという生徒が在籍しているはずだ。調査隊に……そうだな、護衛達の一人とでも理由を付けて同行させろ。それが写しを譲る条件だ」


 イジーはその要求を快諾した。


 何もかもが不自然極まりない申し出であったが、詮索しないことに決めたらしい。自身の研究者生命と天秤にかければ、危ない橋を渡るくらいはどうってことないようだった。


 ……そして、アランの名を出した時に奴が首をかしげていたことを俺はもっと真剣に考えるべきだった。

 しかし、それを思い知った時には何もかもが後の祭りだったのだ。




 アランの加入を要求した理由は、神殿の攻略に彼が必須と判断したためだ。

 ゲーム中では、彼が隠しダンジョンの入り口を発見し、神殿攻略のきっかけとなる。


 俺自身は戦闘力も冒険に役立つスキルも何もない。よって、ダンジョン攻略はアウトソーシングする他ない。

 よって、この調査隊が成功する確度を上げるのが、目的達成の近道と判断した。彼らが入手した祈祷書を秘密裏にすり替える手段ならいくらでもあった。


 しかし。


『まあ、主人公アランに任せておけばどうにでもなるだろう』……そんな油断がどこかにあって、この事態を招いたのかもしれない。


 実地調査から帰還したイジーの報告を聞き届けた後、俺は強面の『顔』の下でしばし呆然としていた。


 まさかその、族長の副葬品とやらを成果と言い張るつもりか?


 イジーは何やらゴチャゴチャと自己正当化のための理屈を捏ねているが、現実を見ればはかばかしい成果は得られずに終わっていた。


 祭壇の裏の石碑を回して出てくる隠しダンジョンの入り口はどうした!? と危うく声に出して詰問するところだった。が、俺がその愚行を犯す前に、イジーの方から言及してくれる。


「――それで、ご指名していたアラン君が『ここに絶対何かが隠されている』とだいぶ頑張っていたんですが」


「何か見つかったのか!?」


「ああ……ええ、一応は。どこかの玄室に繋がっているようでしたね」


 ようでしたね、って。お前。


 調べなかったのかよ、という内心のツッコミが顔にまで出ていたらしい。イジーは慌てた様子で取り繕う。


「それが、調査隊の連携が上手く取れなくってですね! 魔物の掃討も大仕事だったし、移動するだけでも大変だったんですよ? それで日程も押してしまっていたし……伝達に不備があったのか、アラン君の報告が上がってきたのは最終日だったんです。もう帰り支度もしようって時に言われてもどうしようもありませんよ。だから目印だけ付けておいて、ひとまず塞いで帰還した次第で」


「……お前なあ! その間に盗掘されると思わなかったのか!?」


「ええ!? いやー大丈夫ですって。口止めはしてありますし、調査隊の皆は良い人ぞろいですよ」


 貴様のそれは人物評ではない。単なる希望的観測だ。願望だ。『そうだったら良いな』の言い換えだ。

 そう詰め寄ってやっても良かったが、そこまでの親切心を眼前のメガネ野郎に発揮する義理もない。


 俺の生返事をどう解釈したのか、イジーはいよいよ得意げな様子を隠さなくなっていた。


「魔導書こそ見つけられずじまいでしたが、神殿の実在が確認されただけでも大発見ですよ! 論文を書き上げれば、学内での僕の立場も随分と向上するはずです。第二隊を送るのはそれからでも遅くありませんって」


 つまり、書くんだな? 論文を。所在地についてつまびらかにした文書を。


 事態は急を要した。

 俺はその場から無言で立ち上がると「帰る」と一言だけ告げ、イジーの研究室を後にする。


 ……その前に、一度だけ戸口に立ち戻ってこう質問した。


「論文の発表はいつになる?」


「早ければ、今冬にでも!」


「……筆が速いな」


 イジーの「いえいえそれほどでも!」という弾んだ声を背にしながら、俺はがっくりと肩を落として帰途についた。


 調査結果があんなザマに陥ったのは、察するに連携不足とリーダーシップの欠如が問題だ。

 現在のアランにゲームの中で見せたほどの求心力は存在しないのだろうか? ドロップアウトしていた間に学内で存在感を失ったことが尾を引いているのかもしれない。


 なんにせよ彼の主張は周囲の者たちから軽く扱われた。連中は価値ある情報を見逃した訳だ。


 イジーがこの世界におけるシュリーマン――歴史的大発見の当事者になり損ねたことについてはこの際どうでもいい。


 問題は、神殿奥の隠しダンジョンが攻略されずに終わったこと、ひいては『渾天大祈祷書』が手つかずのまま現地に残されていることだ。

 そのうえ密林の神殿は近い将来に所在地が大公開されるときた。


 ゾルターンの手帳を入手し損ねた山師もとい冒険者たちは今度こそ神殿へ大挙して押し寄せるに違いない。そうしたら一体どんな者の手にアレが渡るかわかったものでない。


 この世界の人間は、あれをまだ『資産的価値のある有用な魔術書』程度にしか認識していない。


 けれどもあの祈祷書は取り扱いを間違えばマジで世界を滅ぼすことのできる代物なのだ。


 それは今、世界で俺だけが知る事実だった。


 秘匿された財宝を入手できるほどの能力と、悪用しないと信じられるだけの善性を兼ね備えた人物となると、冗談抜きでアランくらいしか俺は知らない。事ここに至っては、もはや誰のことも信じられなかった。


 主人公アランのほかに信頼に値する者が居るとしたら、それは。


(やめろ。考えるな。別の策をひねり出せ)


 そこで思考停止し一昼夜ほど悩みに悩む。しかし、結局代案は見いだせずに終わった。


 準備期間を挟んで半月後。

 俺は辻馬車から降り立ち、南方の宿場町に到着していた。


 建物の向こうには鬱蒼としたジャングルが見え隠れし、異文化の気配と不気味さを存分に振りまいていた。あの密林の奥地に、邪神崇拝の神殿が建っているという訳だ。


 ……仕方がないだろうが。俺よりほかに俺が信じられる人間なんて、誰も居ないんだからな!


「クレメント様。水分補給は大丈夫ですか」


 それと、パメラ嬢もか。旅装姿の彼女が差し出す水筒を丁寧に辞退しながら、俺は鞄を抱えなおす。


 これから俺は、彼女との2人パーティーで危険なダンジョン攻略に取りかかる。

 先行きに確かなものは何一つ存在しなかった。


 つまりはぶっつけ本番だ、こん畜生が。


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