043 アンタには絶対に分からないだろうね。ヒトの情なんて

「──ぐはぁッ!?」


 重たい蹴りに40キロ程度の体重が加算されることにより、工場を閉めていたシャッターがくの字に曲がる。


「油断し過ぎだ。バカ」


 紫髪の青年エアーズは、手を広げて“かかってこい”と言わんばかりにルーシを挑発した。銀髪ショートヘアの幼女は、「……。ああ、くたばりやがれイヂー・ナ・フイ!!」と明らかにロスト・エンジェルスの公用語でない言語で、しかし明らかに相手を煽り、ルーシは瓦礫の中から立ち上がる。


 刹那、ルーシ・レイノルズは音の速さすらも置き去りにし、エアーズに詰め寄った。頭に血が昇っているのか、弱っているメビウスやフロンティアには見向きもしない。

 そんな余裕を失ったルーシを嘲笑うのは、メビウスとの戦闘でも見せていた金色の刃物のような物体を出したエアーズである。

 まっすぐ飛び跳ねたルーシは、10本展開された刃物のうち4本をまともに食らう。両腕に右脚、左肩に赤いシミが浮かび上がった。


「おう。このバカの首はおれのモンだ。それ以外はどうだって良い。戦闘できねェのならふたりとも下がってろ」


 右脚を抑えて立ち尽くすだけの、睨みつけてくるだけのルーシを見て、エアーズはメビウスとフロンティアを逃がそうとする。


 そんな中、銀髪の幼女ルーシは左手で自分の顔を隠し、目を充血させて猛り笑う。


「ふふふ……。ふふ、はは、ヒヒヒ……。あっひゃひゃはっはははははははっはあははは!! おもしれェよ、オマエら!! 笑顔の耐えないアットホームで楽しい職場つくれるほどになァ!!」


 声変わりすらしていない、年齢的には女子小学生くらいの子どもが発する笑い声には思えない。本来ならば愛らしい笑顔も、いまとなれば台無しだ。


「なにがおもしれェんだ? おれをウィンストンのガキ仲介をさせてこの白髮女とぶつけさせ、その間にMIH学園のプロスペクト使って平和の魔術ごっこ。だけど策を見抜かれて居場所見つけたら拍子抜けするくらい弱ェー。おれはまったく面白くねェけどな?」


 眉間にシワを寄せるエアーズは、倒れていないだけの幼女にトドメを刺すべく空中高くへ大砲を展開した。


「……、エアーズくん。あの小娘のペースに乗るな。こんな悪意の宣伝者の言葉に惑わされたら──」


「あァ? 骨すら透けて見える幼女になにができるってんだ?  ──ヘッ。そういうことか」


 エアーズがなにかを理解した頃、ルーシは近くにいるリヒトという部下にアイコンタクトを送り続ける。あのチンピラさえ潰せれば、残りは瀕死の女ふたり。エアーズが来る前にリヒトは透明化している。賭けを始めるには充分だ。


「おっと、ロスト・エンジェルスって一応銃刀法があるんだぞ?」


「てめッ!?」


「──行けッ!! リヒトォ!! ……!!?」


 されど、ルーシの目論見は完全に見破られていた。常時ルーシを注視しているはずだったエアーズが一瞬背後を振り向き、リヒトからナイフを奪い取ったのだ。


「ま、オマエはこのガキじゃねェからな。殺すつもりはねェよ」


 と、エアーズはリヒトへごく普通のバタフライナイフを返却する始末であった。


「あ、どうも」


 困惑のあまり頭を下げたリヒトへルーシは怒鳴る。


「リヒト!! コイツやる気ねェならポールの援護でもしていろ!! 無駄な味方ほど邪魔なものはないんだからよォ……!!」


 ドイツもコイツも役立たず。もう自分でなんとかするしかない。道標みちしるべを自分でつくらなければ、この場は切り抜けられない。


 ──死にかけとはいえ、蒼龍のメビウスだ。半端な反目をぶつけたところで返り討ちに遭うだろうな。と、なれば。


「あァ? まさかおれ相手に空中戦仕掛けるつもりか? 骨と一緒に愚図成分も出してンのかァ!?」


 エアーズは意気揚々とルーシへ導かれるように天空高く蹴り上がっていく。アスファルトに穴が開くほどに地面を蹴ったためか、翼を広げ空でふわふわ浮いているだけの銀髪幼女の頭上をあっさり確保するのだった。


 *


 ラッキーナ・ストライクという高身長の少女は、廃工場の蒸し暑い個室にて身体の震えを抑えられずにいた。


「誰か、誰かタスケテ……」


 話はこうだった。MIH学園の3学年、現主席のルーシ・レイノルズが魔術の稽古をつけてくれると提案してきたのだ。すこし前にメビウスへも提案したのだが、結果は彼女の意味深長で丁重な言葉で断れてしまった。だからラッキーナは、ルーシに教えを乞おうとした。あの幼女の口車に乗せられ、世間知らずの令嬢はあっさり処刑場へと自らの意志で向かっていった。


 その結果がこれである。突如ルーシと黒髪巨漢に意識を失う寸前まで殴打され、半強制的に『パクス・マギア発現のために死ぬ』という旨を口に出す羽目になった。言葉にしてしまったものはそう安々と打ち消せない。


 その後、ラッキーナはほとんど残っていなかった意識を振り絞り、自らの胸を割るかのように現れたふたつの魔力の塊だけは視認したのであった。


「……。バンデージさん」


 目は涙で充血しており、それでも脳裏に浮かぶのは白い髪の美少女。強盗に一ミリもひるまず、達観したような態度と落ち着いた言い回し、彼女の立ち振舞いは、ラッキーナの偉大な両親を彷彿とさせる。


「……!? 爆発っ!」


 なにかしらの勢力とルーシの一味が対峙している? それとも、あの魔力の塊が? あるいは両方? ラッキーナの頭は怯えに支配されている。そんなこと、当人が一番分かっている。分かっているが、どうしても足が震えて立ち上がる覚悟すら湧いてこない。


 そんな折である。


 個室の壁が消滅した。より正しくいえば倒壊した。されど、九死に一生を得るとでもいうのか、ラッキーナ・ストライクには埃がすこしかかるだけだった。


 そこへはふたりの人物がいる。互いにラッキーナのことはお構いなしだ。もう壊せるところなんてない廃工場から発展し、いよいよこのどこだかも分からない街が区画ごと消滅しようとしているのか?

 そして、声色からして女性同士の相対らしい。まさかあの白い髪の少女が助けに来てくれたか?


「ったくよぉ!! そんなにあの女が大事か? くたばり損ないはトドメ刺してやるのがだろ!?」


「アンタには絶対に分からないだろうね。ヒトの情なんて」


 突如として現れたモアは、ラッキーナと瓜二つの少女と対決していた。

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