005 TS化の醍醐味とやらを見せてあげたはずなのだがなぁ……

 ジョンは昔に思いを馳せる。あれは確か、ジョンが若干23歳で特殊部隊の隊長になったときのことだ。年月にして10年。耽りたくなるのも無理はない。

 そんな贅沢な時間を味わったあと、ジョンが口を開くのだ。


「それにしたって、お孫さんはすこしにぶすぎやしませんか? おれの正体にまるで気がつく気配がない。有名人のはずなんだけどなぁ」


「自惚れるなということだよ。知名度は度し難い力だしな」


「ンじゃ、おれはいつもどおりモアちゃんと遊んできますわ」


「……は?」


「大人がゲームセンターいたって罪には問われませんよ」


 そう言い残し、ジョンはスキップしながらモアのもとへ向かっていった。

 耳もよく聴こえるようになったメビウスは、モアとジョンの会話に聞き耳を立てる。


「あ、ジョンさん!! ガンゲームしようよ!!」


「おっしゃあ!! 無敗の女王に黒星つけてやるぜェ!!」


 これでは子どもと変わりがない。大丈夫なのか? という声が喉元まで出ていた。


 だがまあ、ジョンなりに気を使っているのかもしれない。彼の指揮下でモアの両親は死んだ。その罪滅ぼしというわけではないが、せめて残されたモアに暗い顔をしてほしくないのだろう。


「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格はない」メビウスは独り言を重ね、「なるほど。やはり君は素晴らしい教え子だ、ジョン」


 参加に戸惑っていたメビウスも自ずとモアとジョンのもとへ向かうのだった。


 *


「いや~。お姉ちゃんガンゲームだけは強いねぇ!! 軍人やってたみたいだ!」


「お姉ちゃんがこういうゲームできるのに驚きだよ! 最近までふるーい携帯電話使ってたのに!」


「まあな……」


 そりゃ12歳で入隊して以来72歳まで現役を続けた軍人だ。子供だましのゲーム機でハイスコアを叩き出すのは容易い。


「さて、ジョンおじさんはもう帰るぜ。これから打ち合わせがあるんだ」


「そんなこと言って~。どうせジョンさんニートでしょ?」


「ぎくぅ!! それを言われちゃおしまいだぜ!!」


 周りに集まっていた子どもたちも笑う。男児や女児がすこし変装したジョンの正体に気が付かないのは仕方ない。しかしモアに関しては、ジョンという男がこの国でトップクラスの高給取りであることを察知してもおかしくなさそうなものではある。


「ま、良いや。また今度ね~」


「おう! ちゃんと学校行けよ~」


 ちゃんと学校行けよ?


──……ジョン、もはやオマエはこの子の親代わりだな。わしですら知らなかった情報を持っているのだから)


「学校か~……」


「今度おれの息子も学校通うんだ。それに合わせてメイド・イン・ヘブン学園に顔出せよっ!」


「うーん~……考えとく~」


「それじゃ、またなぁ!」


 ジョンは去っていった。モアもそろそろ満足した頃合いだろう。


「帰るぞ、モア」


「あ、うん……」


 どうせ外に出たらお仕置きされると思っているのか、モアの表情は暗い。

 だが、お仕置きして学校へ行ってくれるのならば現代社会の疲弊は語られもしない。


「学校へ行っていないと?」


「……。うん」


「MIH学園から転校するか?」


 もっともシンプルな解決方法。それはメイド・イン・ヘブン学園、略して『MIH学園』から転校してしまうことだ。どのみち高校なんて腐るほどあるのだから。


「いや、それは」


「まずは家へ帰ってじっくり話そう。寒いしな」


 スカートに生足はやはり寒すぎる。きょうの気温はいつもより高い3度だが、それでも風が痛覚を刺激する。


「……。うん」


「TS化の醍醐味とやらを見せてあげたはずなのだがなぁ……」


 よほど落ち込んでいるようだ。自宅にてしっかり話を訊いてやるべきだろう。


 *


「前期の成績は優秀じゃないか。それなのに後期から一日も登校していないと」


 MIH学園において成績優秀というのは、一般的な場合『魔術』の腕も高いことを指す。つまりいじめられているとは思えない。魔術の腕が高ければいくらでも反撃できるのだから。


「……友だちいないんだもん」


 メビウスがメビウスの実績ゆえに忖度され尽くした教師からの評価を読み漁っていると、ついにモアが口を開いた。


「メビウスの孫娘って評価は必ずしも良いほうへは傾かないんだもん」


「周りが萎縮して絡んでこないと?」


「違うっ!! いつまで経っても喧嘩売ってくる連中はいるけど、友好的な子はいつまで経っても現れないの!!」


 こうなるとモアの思いは暴走する。


「あたし喧嘩なんて嫌だもん。だから魔術と科学が同じものだって教わって研究に没頭してたんだもん。いつか喧嘩なんてしなくても、殺し合いなんてしなくても魔法のような科学がすべてを救ってくれるからって!!」


 テーブルで向き合わずふたつのソファーで向き合っていたのには意味があった。

 メビウスは立ち上がり、モアを抱きしめる。


「悪かったな。全部わしが悪いのだ。君のお母さんが軍人になったのも、そのお母さんと結婚したお父さんも軍人だったことも、ふたりとも君が幼児にうちに戦死したのも、全部わしが悪い」


「そ、んなわけないじゃん!! あのふたりはおじいちゃんに憧れた馬鹿なヒトたちなんだよ!! おじいちゃんは悪くない! 悪くないんだよ!!」


 涙を散らしながら、モアはメビウスの背中に手を回す。


「国家の存亡がかかっているとき軍人になったおじいちゃんと、平和なときわざわざ戦地へ赴いた父ちゃんと母ちゃんの哲学が違うことくらい分かる! だから……おじいちゃんに死んでほしくないからあんな薬つくったんだよ!?」


 嗚咽を漏らしながら、とうとうモアは会話ができなくなった。それでもメビウスは彼女をギュッと抱きしめ、溜め込んできたものを分かち合う。


「父ちゃん。母ちゃん。会いたいよ……」


 まだ15歳の少女が背負うには重たすぎる十字架。しかし無慈悲なロスト・エンジェルスは十字架をただの鉄に変えてしまう。この国は無神論国家だからだ。それが故、大陸諸国から睨まれ続けて何度も国家存命の危機に瀕した。


 ただ国家として神を放棄しただけで、この人口750万人の小さな島国は大陸中の忌み子となってしまった。


 そしてモアに祈れる神はいない。もう一度両親に会いたいと祈りを捧げられる神などいない。

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