004 この生活も悪くない
「無難にカイザ・バーカーとコーヒー、ポテトで良いか。モアは?」
「ギガント・バーガー3つにコーラ5本、Lサイズポテト3人分!!」
「……。は?」
「ギガント・バーガー3つにコーラ5本──」
「言っている意味は分かっておる。問題はふたつある。ひとつ。そんな量を食べ切れるのか。もうひとつ。慣れた言い草だがいつもこんな注文をしているのか?」
なぜモアが太っていないのか不思議でならない。いや、軍人の孫娘で娘でもあるから消化器官が強靭なのかもしれない。ただ、理解し難いのは事実である。
「食べ切れるよ~。お姉ちゃんあたしを舐めないでね! 必ずこのオーダーするんだから!!」
まあ攻めることもないだろう。だからメビウスはグリグリをせずにファースト・フードを受け取りにいった。しかしなんとなく、お仕置きしておくべきだとも感じる。
ヒトの形をしたロボット『ヒューマノイド』が頼んだ品数的にこちらまで運ぶつもりだったようだ。仕方ないのでメビウスは結構な速度で走るヒューマノイドを追いかける形で席へ戻る。
「ヒューマノイドもありふれてるよね」
「言葉も話さず、給料も求めない。人類の新しい奴隷というわけか」
「そのうちロボットに人権を求める運動が始まるよ」
「厄介な話だ」
そんな言葉を発さないヒューマノイドが動き回るファースト・フード店で我々は黙々と飯を食べる。胃もたれを起こしていてもおかしくない脂まみれな食べ物にも負けない。やはり若返ったことがうまく作用しているみたいだ。
「お姉ちゃんさぁ、家族サービスしてる自覚ある?」
「すくなくとも君に服を買う楽しさは教えてあげられたはずだと思っている」
「そうじゃないんだよ! あたしはTS娘が恥じらうシーンが見たいの!! こんなHな服着られませんとか、恥ずかしいのにバッチリお化粧してセルフィーすることとか、たまたま知り合いに出くわして魔力の所為(せい)で正体がバレて恥ずかしがる姿とか!! それなのにお姉ちゃんビッチみたいな格好平然としてさ! あたしを楽しませてよ!」
怒られてしまった。たとえ若輩者の意見でも正しければ謝罪し意見を聴き通すことが肝心だ。
ただ、モアの考える家族サービスは常軌を逸しているように、いや、常軌を逸しているのだ。
「ああ、この格好か。やはりスカートというものを一度履いてみたくてな。ライダーズジャケットと相性良いじゃろう?」
美しい笑顔を意図せず見せつけた。
気が付いたらモアは携帯を取り出し、雨嵐のようなシャッター音が鳴り響いていた。
群衆は全員メビウスのほうを向いていた。「かわいい」「すげえ」「妹のほうはそんなだな」「これTSしてるんじゃねェの?」といった感想を頂いた。
やがて本当にいつの間にかバーガー3つとLポテト3つ、コーラ5杯を食べ尽くしていたモアに手を引っ張られ、メビウスは怪訝に思いながらまだ残っていた食べ物たちに思いを馳せる。
「そんな顔しちゃ駄目~!! 可愛すぎるもん!!」
トイレに入った我々だが、始まったのはお説教だった。
なぜ孫娘に叱られないとならないのだ? 見た目で言っても変だぞ? 白髪少女になっても、メビウスのほうが年齢は上に見えるからだ。
「お姉ちゃんあたしが一生独身になってほしくなかったら、もうさっきみたいな顔したら駄目だからね!? 分かってるの!?」
「分かった。すまなかったな。やれやれ」
ついでにトイレも済ませてしまおう。
腰痛がないのはとても利便が効く。重力に押しつぶされず、自由に動ける。こんな感覚数十年間味わっていなかったな。
「とはいえ、女性として生きるのなら大変なのはこれからだな」
おそらくおりもの(?)と思わしき液体が股間から流れ出ていた。生理にはまるで詳しくないが、これからはその驚異にも対処していかなければならない。
「さて、行こうか」
生理についての詳しい話は後からモアに訊くこととして、残り我々が楽しめる場所はどこであろうか。
「ゲームセンター?」
すこし拗ねているモアはゲームセンターのチラシを持っていた。
「まあ構わんが、普通モアくらいの年齢の子はゲームセンターなど寄らないのだろう? テレビではそう言われていたが」
「テレビなんてスマホの前で雑音流すだけの存在だよ? そんなものの情報信じるの?」
「現実的に見ないと分からない世界もあるのか。なら7階だな」
*
メビウスは呆然としていた。
まずこのゲームセンターとやら、モアと同年代くらいの女子が誰ひとりとしていない。
しかしモアは人気者だ。ガンゲームで百発百中。カードゲームで必ず勝つ。コインゲームで溜めたコインは巨大箱から飛び出るほど。
それが故、モアより年下と思われる男児から人気と尊敬を一重に集めている。
子どもたちと遊ぶのが楽しくて仕方ないのか、こちらの存在を忘れてしまっている模様。そのためメビウスはすこし離れたところで、溜め息混じりに独り言を言う。
「モアは我が娘とアイランドくんのひとり娘だ。だが、彼女にとってもっとも不幸だった出来事とは……」
「両親がおれの率いた特別部隊『ジョン・プレイヤー・スペシャル』に参加し、戦死したこと、ですか? メビウスさん」
姿かたちが変わろうとも、魔力というものはいつだって個体認識の番号になる。
ジョン・プレイヤーが階段のほうに立っていた。サングラスをかけ、あくまでお忍びで遊びに来たような出で立ちだ。
「さすが。疑わないのだな」
「ロスト・エンジェルスの総力使っても、メビウスさんほどの魔力持つ少女はつくれませんよ。きっとモアちゃんがいたずらで盛ったんでしょう? 性別変換剤的なものを」
「まあな。ただ、この生活も悪くない。まだ数日しか経っていないが」
「ともかく、モアちゃんのこと思いやるんなら彼女と視線を合わせてやることも大事だと思いますよ」
「言ってくれるなぁ! 若造が」
メビウスは満面の笑みを浮かべる。
「うォ!! メビウスさんじゃなかったら惚れさせてたところだった!!」
「そんなにわしはかわいいのか?」
「娘さんのキャビンそっくりでしたよ? あンときはアイランドがいたから手出さなかったけど、ありゃ良い女だった」
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