006 バンデージという者だ

 それでもなお、希望を求めるのであれば──。


「モア、こんな話をしっているか?」


 涙を拭き、しかし目が真っ赤な金髪少女モアは、メビウスの発した言葉に反応した。


「どんな願い事でも叶ってしまう魔術の術具、『パクス・マギア』というものだが」


「……。知ってるよ」モアは冷静な口調で、「魔術による平和という名前を冠とってる不思議な道具。授業で習うもん。でも、それを見つけられたヒトは誰もいないっていう」


「わしにはもう目星がついておるがのう」


「……。へ?」間抜けな声を漏らす。


「パクス・マギアは5つの小魔術具を集めることで発生する。現在それを占拠しているのは、『ブリタニカ』『ガリア臨時政府』『帝政ルーシ』『アストラリア帝国』『ロマーナ枢密院』だったはずだ」


「え、なんでそんなスラスラ出てくるの?」


「わしは数日前まで軍人だったのだぞ? 連邦国防軍の上級大将にパクス・マギアの情報が入ってこないわけないだろう」


 実際ロスト・エンジェルスが超小型ステレス偵察機を飛ばして集めた情報だ。間違いはない。


「それらの国から小魔術具──ロスト・エンジェルス式に言えば“ラプラス”を奪えれば、なんでも願いが叶うのだ。君の両親を蘇らせることも、魔法のような科学が世界平和をもたらすことも」


 メビウスなりに考えて発言はしている。まず、モアはこの国にいても良いことがないように感じる。ならばいっその事外の世界を体験させてあげて、成長してもらうことが一番だと思ったのだ。


 また、モアがその気ならばメビウスはいつでも連邦国防軍に掛け合って軍艦を用意するつもりだ。


「……。あたしに冒険へ出ろと?」


「この国は狭すぎるからな。特に君にとっては」


「おじいちゃんも出るの?」


「当たり前だろう。小娘ひとりで抑えられるほど、大陸の海も陸も甘くない」


 モアはしばし沈黙し、「……考えとく」とだけ返事して2階へ登っていった。


「狭い世界に風穴を開けてやるのも、この老いぼれの役割だ」


 そう言い、メビウスは若返ったことで不要になった薬を飲まずベッドへ向かうのだった。


 *


「おじいちゃん!! あたしMIH学園行くよ!」


 子どもの身体は良い。とても良く熟睡できる。

 そんなメビウスの熟睡を断ち切ったのは、他でもない孫娘の吉報だった。


「それは良いことだ。わしも着いていこうか?」


「良いねぇ! 授業に参加することは誰でもできるから行こうよ!」


 すでにモアはMIH学園の学生服に着替えていた。氷点下20度でも寒さを感じないというブレザーにシャツ。スカートにニーソックス。


「よし、わしも行くぞ」


「いえーい!!」


 ハイタッチしてきた。まあ喜んでくれるのならばなによりだ。


 そんなわけでメビウスは立ち上がり、きのう買い込んだ服の中から寒くなさそうなものを着て、孫娘とMIH学園へ向かうことにする。


「みんなおじいちゃんの魔力にびっくりするだろうから、控えめにね?」


「そうだな」


 確かに魔力の抑圧は集中力を切らさずに行うべきだな、と感じ、メビウスは意図的に魔力を大きく落とす。


「うーん。これでもMIHからスカウトされそうだけどね」


「これでも最低なのだが」


「まあ良いや! 行こっ!」


 *


 きのうと同じようにタクシーを使って我々はMIH学園の正門にたどり着いた


「おい、モアだ。きょうこそ潰してやろうぜ」


「いや、隣にいる姉らしきヤツの魔力が凄まじい。それにきょうはジョン・プレイヤーの息子がやってくる。そっちに注力したほうが良さそうだ」


「“フロンティア”って名前だろ? 本当にかよ──」


 その刹那、風が集められて彼らが宙高くに舞った。


「悪かったね。フロンティアって名前が男っぽくなくて」


「チクショウ!! アイツがジョン・プレイヤーの息子だ!! いや、娘なのか!? チクショウ!! ぶっ潰すぞ!!」


「つか、ここから飛び降りたら足が複雑骨折するぞ!?」


「魔力使えば身体の不具合は回復できるだろうが! 行くぞ!!」


 フロンティアと不良男子ふたりが激突する展開だ。

 モアの教育によろしくないと感じたメビウスは、その三人から魔力を抜き取ることにした。


「……!? ま、魔力が──」


「お、おい!! うわッ!?」


 魔力は人間の身体を支える源だ。それを抜き取られてしまっては、身体を満足に動かすこともできない。


「おじいちゃん、いや、お姉ちゃん……なにやったん?」


「カイザ・マギアの改良版だよ。あの術式は防御していない相手から魔力を奪う上に、集められたそれを超強力な攻撃手段に変えてしまう。だが、わし……私が使ったのは後者がないものだ」


 互いに呼び方と一人称に四苦八苦している。混乱とはこのことを指すのではないか。


「ま、まあ良いや。余計な流血を見なくて済んだし」


 そんなとき、我々は肩を叩かれる。

 先に振り向いたのはモアだった。これはまずい。メビウスも即座に振り向き、ジャケットにしまってあった拳銃を取り出す。


「……孫娘、いや妹を殴るとは。貴様なにを考えておるのだ?」


 拳銃があることに気がついたのか、フロンティアは一旦間合いを広くする。


「そりゃもちろん……!!」


 だがそれはさらなる攻撃を仕掛けるという意思表明だった。


「強いヤツを倒すことさ!!」


 そういえばメビウスはこの3人に向けて『カイザ・マギア』の改良版を放った。それなのに彼女は倒れていない。なるほど、やはりジョンの娘なだけはある。


「……。やめておけ。が」


「てめえだって小娘だろうが!!」


「この魔力を察知してもか?」


 メビウスは一部魔力を開放する。ビリビリ、とあたり一面が揺れ、アスファルトにすこし亀裂が走る。


「チッ! アンタ何者だ?」


「そうだな……」


 メビウスと名乗るのは無理がある。メビウスという名前はもはや固有名詞なのだから。

 だからその白髪少女は最愛の妻の名前を借りる。


「バンデージという者だ。モアの姉で、この子に手出しすることは決して許さないと宣言しておこう」


 しばしにらみ合う我々。しかしやがてフロンティアが目線をずらした。


「分かったよ!! なにも一日で最強になれるとは思っちゃいない!!」


 血気盛んな子らしい。さすがはジョンの娘といったところか。

 そんなフロンティアの元にきのうも会ったジョン・プレイヤーが現れた。


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