007 おじいちゃん、世の中って面白いね
「アホか、おめェは」
「なんだよ父ちゃん! 天下統一の邪魔する気!?」
「ちげーよ。現状をしっかり把握しろってことだよ」
ジョンはつらつらと語り始める。
「100億メニーの幼女にしてクールの娘『ルーシ・レイノルズ』。最年少でセブン・スターに選ばれた『アーク・ロイヤル』。旧魔術のエキスパート『メリット』。才能あふれるクールの妹『キャメル・レイノルズ』。ソイツらに勝てるほどオマエはまだ強くねェよ」
「うっ! た、確かに」
「分かったら強くなるために授業に励め。いつかソイツらを越してみろ」
「よし! 分かったぜ父ちゃん!」
単純な子のようだ。そこらへんはジョンに良く似ている。
そしてジョンがこちらに駆け寄ってきた。口をぽかんと開けて驚愕と驚嘆を隠せていないモアとメビウスの元へ。
「ここではなんと名乗るんです? メビウスさん」
「バンデージと名乗ろうか。亡き妻の名だ」
「えっ!? ジョンさんってひょっとしてとんでもなくお強いお方なんですか!?」
「おっ、ようやく分かってくれたみたいじゃん。そうだよ。おれ、“セブン・スター”だもん」
「せ、セブン・スター……」
めまいでも起こしたのかふらふらとモアが倒れ込んでいく。その寸前でメビウスが彼女を支えた。
メビウスはその“セブン・スター”を苦々しく思っている。ジョンの前ではただの悪口になってしまうが、臆することもないので不満を伝える。
「この国にて最強の魔術師に与えられる称号と名誉、軍人としての資格」メビウスは溜め息をつき、「しかしいまとなってはテレビに出たり、インターネットで活動したり……軍人のすることではないだろう」
「そうかなぁ。子どもたちに憧れるってのも良いモンですよ」
「子どもたちが軍人に憧れてしまっては、この国はもっと苦しい方向に傾いてしまう」
「だから徴兵制をなくすことに賛成だったんですよね。結果、その鶴の一声で志願制になったと。でもバンデージさん、年々志願兵は増えてますよ?」
「……。英雄になれる可能性を買うことがそんなに重要なのか?」
「人間虚栄心の塊ですからね。さて、おれはフロンティアが暴れねェように父兄として見守りますけど、バンデージさんはどうするおつもりでここへ来たんですか?」
「授業を受けようと思っているのだ」
ジョンは思わず吹き出した。
「モアちゃんからきょうの授業訊いてないんだ~。こりゃ面白そうなモンが見られそうだ! じゃ、おれは行きます」
なにか嫌な予感がするし、もう軍人を引退したメビウスに敬礼などする必要ないのにジョンは敬礼してくる。仕方なくそれを返し、彼女はモアのほうを向く。
「すごいなぁ……。ニートだと思ってたヒトが実はセブン・スターだなんて。おじいちゃん、世の中って面白いね」
ただ感銘を受けているようだった。メビウスはふん、と笑い、モアとともに教室へ足を進めていく。
MIH学園は単位制の高校だ。大学のように好きな授業を選び、授業態度やテストで合格点を出すことで単位を取得できる。
それなのに、きょうは学年全体で授業を行うらしい。広々とした講義室に生徒たちが集められる。
「見ろよ。メリットだ。あんな根暗でタトゥーまみれのヤツでもこの学校の第3位だもんなぁ」
「おお、キャメル様のお通りだ。主席から第4位に落っこちたけど、失地回復のために鍛えるだろうな」
「……!! アーク・ロイヤルだ!! 最年少でセブン・スターに登りつめた男!! サインもらってこようかな」
「やめとけ、恥ずかしい。そういえば第1位様が見当たらねェな」
「あの幼女不気味だからいないほうが嬉しいぜ」
後ろに座っていた男子生徒たちの会話をぼーっと聞き流しながら、メビウスは巨大モニターに映し出されたある者の肖像画と名前に顔をしかめる。
「なあ、モア」
「知らなかったんだよ~!! ごめんなさいぃ……」
ふたりは小声で話し始める。誰にも聞こえないように。
「きょうはわしという『ロスト・エンジェルスの英雄』の講義なのか?」
「そうみたい~……」
「しかもジョンもおると? 引き寄せられている気分にもなるわい」
授業開始前に父兄の席へジョン・プレイヤーがいることに気がついた教職員たちは、慌てて彼に敬礼をする。職員たちは軍人でないのだから敬礼の義務はないのに。
「よっしゃ。おれがメビウスさんっていうヒトのすごさ語ってやるよ」
「い、良いんですか?」
「あたぼうだ。おれはメビウスさんの教え子だから、伝わりやすいはずさ」
ジョンと教員の話も聞こえてくる。
「授業開始まで10分くらいだろ? よっしゃ」
刹那、ジョンが来ていることを知った生徒たちに向けて彼は宣言する。
「サインほしいヤツ、並んでね~」
「すげェ!! ジョンさんのサインだぞ!?」
「しかも手書きしてくれるし! おれもうきょう死んでも良いや!!」
たった10分程度しか時間を取れないのに、この混雑具合。これでは立ち上がらずサインを求めない我々が変人みたいだ。
「あ、あたしもほしいな」
立ち上がるモア。そのとき、携帯が鳴った。ジョンの予約メッセージだ。
『モアちゃんの分は別にあるから座ってな~』
モアは身体から力が抜けたように座り込む。
「このヒトからすれば全部お見通しなんだ……」
「そりゃわしの教え子だしのぉ」
いたずらっぽい笑顔を浮かべるメビウス。そうしたらいつだかのようにスマホの写真撮影のシャッター音が何十回も響いた。
「その顔可愛すぎ。反則だよ!」
「反則とはなんじゃ?」
「あー、そのちょっと不思議がってる顔も可愛すぎ!!」
「よく分からんなぁ」
いまのところ魂が肉体に合わせて変化していないメビウスは、70過ぎたジジイが可愛いと呼ばれることに猛烈な違和感を覚えていた。
そうこうしている間に、ジョン・プレイヤー特別講師による『ロスト・エンジェルスの英雄』“メビウス”の講義が始まろうとしていた。
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