039 まだあどけなさの残る少女。それがいまのメビウスだ

「んん? あれ? てか、ミンティは?」


 ミンティがどこにもいない。ケーラの一声でモアとフロンティアもあたりをくまなく探すものの、茶トラ獣人はついに現れなかった。

 いつまで経ってもかくれんぼをしているミンティに3人が痺れを切らしつつある頃であった。ケーラ・ロイヤルが固唾を呑み込んで外を指差したのは。


「……。なんであの子、外にいるの?」


「さすがにバンデージさんを止めに行った……。いや、敵にレーザーガン撃ち込もうとしてるみたい」


「頭オカシイんじゃねぇの!? アイツ!」


 ただメビウスと敵性が手のひらを出し、ミンティが凶悪極まりない攻撃を行わないために警告めいたことも言っているようだ。


「ミンティ。心遣いは嬉しいが、私たちはもう闘わない。予測が正しければ、私たちはルーシと闘うことになりそうだしな」


「予測?」


「おうおう、バカガキ。いきなりヒトぶっ殺せる光の銃弾ぶっ放そうとするんじゃねェよ。まずはそれに詫びろや」


「おれ、誰にも謝るつもりないし」


「あァ!?」


「おれの父さんクールがヒトに謝ってるところ見たことないし、おれもそれで良いかなぁーって」


「てめェ!? クールさんのガキなのか?」


「父さんと知り合い?」


「元々おれァクールさんに勝ちたかったんだよ。だからクールさん最大の仲間のルーシを襲撃したこともあった。ただまあ……もう目的と手段が逆転してるわな」エアーズは髪をかき分け、「いまじゃルーシに勝たなきゃ前に進めなくなっちまった。仮にクールさんを倒せても意味がねェ」


「ふーん」


「自分から訊いておいて退屈そうな態度だなぁ……」


「まあまあ。それよりも、屋内へ避難したほうが良いのでは──」


 刹那、音が破裂した。身体が溶けてしまうような熱波がメビウスたちの肌をかすり、キノコ雲が巻き起こる。そのオレンジ色の光に導かれるかのように、白髮少女の意識は飛びかけた。


「伏せろ──!!」


 メビウスが絶叫した頃には、MIH学園の白い校舎が硝煙などで薄黒く汚れ、爆発のピークが訪れていた。エアーズは伏せつつなんとか魔力による防御壁を張っているようだが、問題はミンティだ。

 いまにも爆風に吹き飛ばされそうになっている。しかしメビウスにふたり分の防御をするだけの方法がない。この大爆発の中ふたりを包み込む壁をつくろうものならば、薄くなったところに攻撃が通ってしまう。

 なんの爆弾かは知らないが、すくなくともメビウスは爆風が感じ取られた時点で死ぬ、と確信していた。


「なにか良い手段は……!!」


 されど、ミンティは落ち着いている。諦観しているのではない。あくまでもメビウスが自身を助けると踏んでの態度だ。


「……!! そうだ!!」


 愛らしい声を張り上げた少女メビウスは、元の性別が男性であるため使えないと思い込んでいた魔術を使った。

 そして無事に生き延び、爆発に一区切りがつく頃、父親に似ずあまり笑う印象のないミンティが笑みを見せる。


「『レジーナ・マギア』使ったんだよね? 女王の魔法っていう」


 誰かに魔力を与える魔術『レジーナ・マギア』。自身の魔力を分け与えられる魔術が存在する。ただしそれを使えるのは、女性の魔力を持つ者のみだ。


 魔力はなくなればなくなるほど体調がおかしくなったり、怪我をしやすくなったり、果てには意識不明になってしまったり……如何に人体に重要な概念かが分かる。


 しかし見た目が変わってから一ヶ月、よもや魔力の遺伝子すら入れ替わっているとは思ってもなかった。いまやメビウスは立派な少女になったのだ。あり得ないほどの魔力量を持ち恐ろしい魔法を使う、まだあどけなさの残る少女。それがいまのメビウスだ。


 それを知ったのはモアとフロンティアである。


「おい、バンデージさんレジーナ・マギアでミンティ守ったみてーだぞ!!」


「えっ!? おじ、お姉ちゃんがぁ!?」モアは目を見開く。


「そりゃあんだけ強けりゃレジーナ・マギアくらい使えるだろ」


 興奮するふたりの女子とは裏腹に、ケーラはさも当然といった態度であった。この場合、メビウスの正体を知っているかによって捉え方が変わってくる。


「じゃあてめえはレジーナ・マギア使えるのかよ?」


「そうだよっ! 使えないヒトが偉そうにしないでよね!!」


「遺伝子的に無理じゃん? でもまあ、レクス・マギアなら使えるぜ?」


「え」


「え」


「確かにおれって不良界の三下みてーな存在だけどさ、腐り果ててもアーク・ロイヤルと血を分けてるんだぞ? つか、御二方は使えない感じ?」


「……」


「……あとすこしで理解できるし」モアは強がる。


「おれ、こんなのに一発KO食らったんだよなぁ……」


 使えて当たり前、ではないが、ある程度の段階を超えた者は皆使える魔法。すなわちこのふたりの女子はプロセスをろくに踏まず強くなった、あるいは元々強かったのであろう。


 3人がそれぞれ劣等感を抱いている中、メビウスたちがモアたちの元へ戻ってきた。


「おお。バンデージさん!!」


 ケーラ・ロイヤルは飛びかかるような熱い抱擁を交わそうとしてきた。最初は受け入れてやろうかと思ったが、彼はモアの魔術によって地べたへと拘束されるのだった。


「なんでぇ!? バンデージさん生き残ったからハグしたかっただけなのに!!」


「この女泣かせのスケベ野郎め……。あたしのお姉ちゃんには指一本触れさせないよっ!!」


「おめえ、それなりにモテるらしいな。めび、バンデージさんのこともヤリステポイするつもりだろ!? 上等だゴラぶっ殺してやる!!」


 ……なぜここまでヒートアップしているのかさっぱり分からず仕舞いだが、メビウスはひとまずモアとフロンティアの肩を叩く。

 こうしてみると、両者は身長が20センチくらい違って顔は似ていない。肩もすこしゴツゴツしていて鍛えていると推測できるフロンティアに対し、モアのそれは弾力があった。

 ただ、感じ取れる魔力の強さはほとんど同じ。言っていることも似たりよったり、だ。


「落ち着け。ケーラくんがなにか悪いことしていたのか?」


 美少女はそう言った。

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