040 何者でもないさ。強いて言えば、死に損なった者だよ

「おじ……お姉ちゃん!? このクソヤ✕✕ンがお姉ちゃんの身体を狙ってないとでも!?」


「狙っているのか? ケーラくん」


「ううん。おれ、もうすこし貧乳のほうが好み」


 さっぱりした言い草であった。

 ……メビウスは、なんの感情なのか知らないものの負けた気がしたという。なにかに負けたような、いや72歳の男性が性的関心を同性に寄せられるなどオカシナ話だ。

 そんなことはあり得ない、と頭は理解しつつも、メビウスからなにかに敗北した感覚はなかなか晴れない。


「……そうか」


「それにバンデージさんおれと身長変わんないじゃん。まあおれが低いんだけど、隣にいてほしい女の子はおれよか小さいほうが良いな~」


 フロンティアは視線をモアに寄越す。モアはその目線に気が付き、口をあんぐり開けケーラを見る。


「なあ、ケーラ」


「なんだ?」


「オマエ、もしかしてブロンドヘアの子が好み?」


「良い質問だね~。その通り! おれも金髪だけど、やっぱ金色のロングヘアってたまんねぇよなぁ~」


 ここまで来ればろくな恋愛もしたことのないメビウスでも分かる。ケーラは孫娘モアのような子が好きだ。すくなくとも見た目でいえば、モアより適した女子はほとんどいない。

 低身長。貧相な胸周り。金髪ロングヘア。その見た目を持つモアは、メビウスへ耳打ちしてくる。


「おじいちゃん……。ケーラってあたしのこと好きなの?」


「訊いてみれば良いのでは?」


「訊けるわけないじゃん? あたし一応乙女やらせてもらってるんだよっ?」


「じゃあ私が訊いてみるよ」


 というわけでメビウスはモアの静止を、必死の抵抗を振り払う。


「ケーラくん。君はモアのことが好きなのか?」


「モアさんのことが? いやー、おれみてーな格下と付き合ってくれないっしょ。まあ良い子だとは思うよ。バンデージさんに抱きつこうとしたとき、あれだけブチギレてたからね。ハグしたかったおれが軽率だったけどさ、姉ちゃん思いの良い子だなぁって」


 ケーラ・ロイヤルは天然な少年である。どう考えてもモアに声が聴こえる距離で、告白めいたことを言い放ったのだ。


「そうか。では、ふたりで話し合ってみたらどうだ?」


「んん? なんで?」


「モアの顔を見てみろ」


 赤面するモアは、心臓の鼓動の速まりを抑えられない。ケーラと目も合わせようとせず、もじもじと手をいじくっていた。


「どうしたんの~」


 ケーラがなんの躊躇なくモアのゾーンへ近づいていく中、フロンティアとミンティ、そして同じく撤退してきたエアーズが話し込んでいた。


「なんの話をしているのだ?」


「ああ。こっちの戦力足りねェなぁって」


「私と君だけだろう。戦力とやらは」


「それだけじゃ勝てねェよ。ルーシ率いるスターリング工業とクールさんの軍隊が同時に動いてるんだぞ? おれらは誰にも負けねェかもしれないが、これじゃ誰でもない有象無象にやられちまう」


 紫髪の青年エアーズは、フロンティアとミンティを戦力としてカウントしているようだった。


「あと、バージニアって小僧いるか?」


「知らんよ」


「いや、バージニアくんなら知ってるよ」


 ミンティがそう答えた。彼は眠たげな目つきで話し始める。


「バージニア・ってね。付き合う女の子がなぜかみんなどMだから、サディストのSをとって名字みたく言われるようになったらしい。んで、マゾの女の子に首輪つけて深夜の学校徘徊してたのがバレてその子の親から訴訟されたんだってさ。しかも裁判はボロ負け。でも金回りは妙に良いんだよね」


「我が弟ながら、めちゃくちゃな生き方してるなぁ……」


「エアーズさんってバージニアくんのアニキなの?」


「まあな。久々に会っておきたい。歳の離れた兄弟ってのは可愛いモンなのさ」


 というわけでエアーズは学校内にいるはずのバージニアと合流すべく、電話をかけ始めた。彼は会えることを知ったらしく、足早に場を一旦去っていった。


「ミンティ、オマエ兄弟とかいる? オレはいねえ」


「いない。着払いで父さんの元へ送られたから、もしかしたら腹違いの兄弟姉妹はいるかもね」


「……。オマエ着払い勢?」


「も、ってなんだよ。この世にダンボールへ詰め込まれて家具みたく会ったこともなかった親の元へ送り込まれるヤツなんて、おれひとりで充分すぎる」


「いや、オレもそうなんだよ」


「は?」


「DNA鑑定では99パーセント親子だって出てるけど、父ちゃんの体裁ていさいに関わるから“プレイヤー”っていう名字が使えないんだよ。オマエもそうなんだろ?」


「まあ、父さん大統領だから隠し子がいることバレたらやべェし名字使えないけどさ」


「だろ? ほら! 着払い勢だよ、オレら!!」


「だからなんだよ……」


 ミンティは機嫌が斜めになったような表情になり、尻尾をブンブン振る。なにか地雷に触れた気がしたフロンティアは、「あ、まあ。良い記憶ではないしな……」と言う。


 そんな若人の話を黙って訊いていた……基、先ほどの戦闘で疲れたのもありすこし眠っていたメビウスは、目をこする。


「んー……。エアーズくんはどこじゃ?」


 刹那、フロンティアとミンティに電流が走る。眠たそうな超絶美少女が、ヒトを性的煩悩で惑わす悪魔とされてきたサキュバスを彷彿とさせるような艶のある表情が、ふたりの心を射止めつつあった。


「ん? どうしたのだ? 黙り込んで」


 フロンティアはメビウスと目も合わせられない。が、辛うじてミンティは美少女の前にみっともない真似はしない。


「……。アンタはさ、無防備だよね」


「なんのことだ?」


「さっきのケーラのアホな動きもそう。モアが止めなきゃアンタそのまま抱きしめられるどころか抱きしめてたろ? 同性同士だとしてもそんなに熱烈にハグし合わないぞ? なあ、アンタって結局何者なんだ? バンデージさん」


 亡き妻バンデージの名を借りている72歳の女子高校生メビウスは、手をゆるく広げた。


「何者でもないさ。強いて言えば、死に損なった者だよ」


 ミンティは脳裏に、自身の父クール・レイノルズが熱弁していたメビウスという英雄を浮かべた。

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