041 というわけで、もうオマエに生き残る資格はない
言い草は自嘲的で、諦観や達観の領域にいる強者。それがメビウスという人物だ、とクールは酔っ払うと必ずそう言っていた。
そんなメビウスと味方たちが足止めを食らっている中、話はすこし遡る。
*
「上級大将閣下にエアーズのガキをぶつけた?」
「ああ。ウィンストンのヘタレを仲介にこちら側へついてもらった」
「ウィンストン? ああ、あのクソガキか」
「あのガキ、妹の進学費を支払ってやると言ったら尻尾振る犬みてーに喜んでいたぜ? 爆笑を堪えるのに必死だったなぁ。ポール、もうじきウィンストンが来る。分かっているよな? クククッ……」
ルーシはニタニタ笑う。光の入ってこない廃工場だというのに、その邪悪な笑みをポールモールはしっかり目で捉えた。
「ヒトとしてどうかしてるよな、オマエって」
ポールモールは溜め息混じりに拳銃の安全装置を解除した。
そしてウィンストンが現れる。憔悴しきったという表情で。
「おお。老犬の足止め要員の確保ご苦労」
「ああ……。これで妹を高校へ入れてくれるんだよなっ!?」
「そうだな。約束はしっかり守らないといけない」
ルーシはコツコツ……とハイヒール特有の甲高い靴音をあげながら、ウィンストンの周りをとめどなくゆるりと歩き回る。
「なあ、ウィンストン。妹がそんなに可愛いか?」
「当たり前だろ! 小間使いみてーな真似してでも不良の世界で生きてるのは妹のためだ! おれは非合法な方法以外でカネ稼ぐ手段を知らねェんだよ」
「そうか。妹のためだったらどんな泥水もすすれるくらいの覚悟だな? 素晴らしいよ。まさしく愚図だ」なにかを言いかけたウィンストンに声を被せ、「なあ、ウィンストン。私はオマエに期待していた。真っ逆さまに落ちていった無法者が再び成り上がる未来を期待していたんだよ。ところがオマエは私に臣従して生き残ろうとしている。つまらない手を取っちまったわけだ」ルーシは葉巻かなにか分からないものを咥え、「というわけで、もうオマエに生き残る資格はない」火をつけた。
ウィンストンはルーシの態度に気が付き、魔術を展開しようとするが、その頃にはすでにポールモールが彼の頭にハンドガンを向けていた。
「あばよ、ヘタレのウィンストン」
ルーシは手を挙げる。2回、乾いた破裂音が工場内を駆け巡った。
ウィンストン、享年19歳。『大国に依存することは、大国に退治することと同じくらい危険である』という真理をつくかのような言葉の『大国』という部分を『ルーシ』に入れ替えれば、どれほどウィンストンが危険過ぎる立ち位置にいたのか分かるだろう。
「んで? ラッキーナ・ストライクはどうなった?」
拘束具を付けられてあられもない姿の令嬢ラッキーナ・ストライクは、猛獣でも1日中眠りこける麻酔とSMプレイ用なんてちゃちなものではない拷問用の手錠に
「……!! こりゃ成功したかもなぁ!!」
ルーシは目を見開き、喜びをあらわにした。
「かもな。でも、これから死ぬ人間の魔力じゃないぜ?」
「いや、成功しているはずだ……!! 魔力が増幅し過ぎて失敗、要するにただの暴力装置に成り下がったわけじゃない。意味のある暴力仕掛けだ! うひゃひゃぁはははははッ!! これで世界は私のものだァ!!」
ルーシ・レイノルズは狂喜乱舞し、壊れたかのような笑い声を張り上げる。その異質な光景に、ぞお……とポールモールは背筋を凍らせた。中身が10歳程度の幼女でないことは周知の事実だが、だからといってここまでの迫力を出せるか?
魔力も膨れ上がり、廃工場のベルトコンベアらが吹き飛ばされる中、ついにラッキーナ・ストライクだったものは太陽のような光に包まれた。
「おォ!? 熱波がやべェな!?
まるで地雷を、核の地雷を踏んでしまったかのごとく、爆風がルーシとポールモールの腕や頬をかすめる。
だが、慌てふためくような口調とは裏腹にルーシは冷静だった。
彼女は爆発と風で吹き飛ばされないように、手をラッキーナへ向ける。
当然、なんの意味もない動作ではなく、この数万人単位でヒトが死ぬであろうエネルギーには放射能が含まれていないことを見抜いたためである。
「レジーナ・マギアの最上位版みたいな熱だな!? ルーシ!! これでも失敗じゃねェのかよ!?」
「ああ!! 成功している!! 私が失敗を許す人間に見えるか!?」
それならばポールモールの言うように『レジーナ・マギア』のごとく四方八方へ撃ちまくっているだけだ……と考え、ルーシは手のひらから防御用の魔力を放つ。
超至近距離から核爆発級の攻撃を受けたことなんてないが、ここは凌ぐしかない。失敗は許されないのだ。
「うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
もはや絶叫するだけのラッキーナ・ストライクは、やがて静寂の中に押し込まれた。
「ポール!!? てめェなに撃ち殺しているんだよ!!?」
彼が両手で持つ拳銃の筒先からは硝煙が立ち込めている。怒鳴る幼女ルーシにポールモールは反論し始めた。
「しゃーねェだろ!! この近距離であんな大爆発、受け止められるわけねェんだからよォ!! “悪魔の片鱗”使っても無理だわ!!」
そんな態度のポールモールへ、ルーシは眉間をピクピクさせ、されど笑みを浮かべて近づいていく。
「上等だゴラ。てめェ、私に弓引くってことで良いんだよなぁ!?」
150センチ程度の幼女に見上げられたポールモールは、「むしろオマエを守ってやったんだから給料増やせよ!! だいたい、おれはクールのアニキについていってるだけでオマエに忠誠なんて誓ってねェんだよ!!」
そんな口喧嘩のさなか、頭部に鉛玉を打ち込まれたはずのラッキーナ・ストライクの指がピクリ、と動く。
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