042 妹が心配か? それとも、素体がラッキーナ・ストライクであることに気がついたか……!!

 そして、ルーシたちがついに魔術を用いた対決をしようとしたときであった。


 パコン、という小気味良い破裂音とともに、死んだはずのラッキーナ・ストライクが大量の煙に塗れた。ルーシたちは怪訝な表情になりながら確認しようと動く。


 が、ふたりはこのとき知らなかった。ロスト・エンジェルス連邦国防軍が総力を挙げてつくった“パクス・マギアへの迂回路”がもたらす運命と結末を。


「なんだこりゃ? 幽霊みてーなのが……おいッ!? てめェ、離せ!!」


「ルーシ!? ンだよこりゃ!?」


 幼女で小柄なルーシはラッキーナに良く似た、しかし姿が透けて見える存在に肩を掴まれた。そのゴーストらしき者はルーシへ頭突きをお見舞いし、銀髪の幼女は一瞬白目を剥く。


「いってェなぁ……!!」


 だが、ルーシも負けていない。地面に這いつくばるルーシへ迫撃しようと拳を固く握ったラッキーナに対し、いつぞやのメビウスとの戦闘時のごとく地面から黒い触手じみた物体を大量発生させた。


「落ち着け、ルーシ! まだパクス・マギアが成功したか分かってねェのに!!」


「殴られても殴り返せねェのならそんなものどうだって良い!! おら、ぶち壊してやるよ!! 亡霊がァ!!」


 ルーシは完全に我を失い、ラッキーナから分裂したなにかを除去すべく雄叫びをあげる。

 法則を奪い取る黒い触手が津波のようにラッキーナを襲いかかろうとしたとき。


 魔力につままされ、頭痛がするほどの感覚を一瞬で感じ取った。何者かが、いる。ルーシとポールモールは前にラッキーナのような何者、背後に頭が痛くなるほどの魔力を持つ厄介そうな者を抱えてしまった。


「……。ポール、後ろは私がなんとかする。あの宗教放棄者率99パーセントの国に似合わねェ幽霊を潰してくれ」


 しかし、闘わずして生き残れる方法も思いつかない。ルーシは手短にポールモールへそう伝え、廃工場の裏出口に向かっていく。


 そこにいた者たちを見たルーシは、思わず高笑いを飛ばすのだった。


「なにがオカシイのだ? 貴様の狙いと策はすでに破っているぞ?」


「フッフッフッ……。そうかもな。エアーズのガキはどうした?」


「貴様に教える義理があるか?」


「ないな。しかし……」


 二度と対峙するつもりはない、と誓った相手が目の前にいる。ソイツは今度こそルーシを殺そうとするだろう。

 それでも、ルーシは不敵に笑う。


「そりゃつまり教えてくれなかったから卑怯です、なんて論法が通用しなくなるぞ?」


「なんの話をしている?」


「リヒト」


 ルーシは葉巻を咥え、白いボブヘアの少女の隣にいた赤髪の後輩を自身の仲間が突き刺すのを、愉悦をもって眺めた。


「!? 呼吸がっ──!?」


 奇遇にも同じく赤髪の少年が、フロンティアを、脇腹をナイフで刺され転倒するジョン・プレイヤーの息子を何度も突き刺す。


「ナイス、リヒト。魔力も透明化しちまうのはえげつねェほど効くらしい」


「だろ? 社長」


 フロンティアの腹部から赤黒い液体が流れ出る中、ルーシは手を叩きリヒトなる少年を称賛した。そしてその銀髪幼女は自身の首元を切るようなジェスチャーをして、舌を鳴らす。


 思考がフリーズしていたメビウスは、ついにリヒトが自身へも刃物を突き刺そうとしていることにすら気が付かなかった。


「うぐッ!?」


 ルーシはせせら笑い、スターリングシルバー色の拳銃をワンピースのスカートの裏から取り出す。彼女はまるで躊躇することなく、ニヤニヤとサディスティックな笑顔のまま発砲した。


「中途半端な覚悟で挑んでくるヤツってのは、いつどきでも弱ェー。妹が心配か? それとも、素体がラッキーナ・ストライクであることに気がついたか……!!」


 その嘲笑にメビウスは眼光を鋭く光らせた。薄く息を吐いた72歳の少女は、指先にすこしずつ魔力を蓄積させていく。


「……。そのどちらでもない」


 ケッチャップを拭うように、鼻と口から出続ける血を手で洗い落とした。

 結局、ルーシはこうやって相手を小馬鹿にしながら隙を狙う作戦を繰り返している。実力も然ることながら、相手の動揺を口撃で誘うのは彼女が殺し合いの手慣れであることを裏打ちさせている。


「どっちつかずに戦闘などするわけがない。平和への最後の希望をへし折られたとき、人間は獣になり殺し合う。そしていま……貴様は平和に尽くす人間の義務を放棄しているのだ」


 もっとも、この場、いや下手すればこの国で殺人に一番手慣れているのはメビウスだ。国家公認の戦場に何千回と向かい、ときにはキルした敵の数を計測して政府に渡したこともある。その際の累計犠牲者は5万人を越えていたのも覚えている。


「おいおい。エアーズの攻撃でもう死にかけなんだろ? くだらない意地張るなよ」


「私は人間でありたい!! 安寧を崩そうとすることを止めるのも人類の義務だ!! ──!?」


 所詮死にかけの女が吠えているだけだ。もう手に力を入れることくらいしかできないだろう。明らかにこの前の対決よりもダメージを食らいやすくなっているが、それはむしろ好都合でもある。


 ルーシは背中に黒い鷲の翼を広げ、メビウスの傷口に異次元の物体を、塩を塗るかのごとく念入りに挿入していく。


「うるせェなぁ……」


 ルーシはまだメビウスの側から離れていなかったリヒトへ退くように指を動かし、仰向けに倒れて呼吸数もまばらになってきた白髮少女の内蔵をすべて爆破しようと思ったわけだ。


「勝てねェと踏んだらお説教して改心を祈るってか? バカバカしい。蒼龍のメビウスともあろう者が、個人の本質は一生変わらないことにも気がつけねェのか?」


「だ、まれ……!!」


「黙るのはてめェだ!! 私をこれ以上苛つかせるんじゃねェ!!」


 苛立ちがピークになったのか、ルーシはすでに銃弾がなくなっているハンドガンを投げ捨て、メビウスを撲殺するために地面を蹴って飛び跳ねた。


 だが、役者がまだ全員揃っていない。メビウスにルーシがのしかかろうとした瞬間、ついに演台へ真打ちが登場した。


「よォ!! ルーシィ!!」


 エアーズは幼女ルーシにドロップキックを食らわせた。

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