017 私はメイド・イン・ヘブン学園へ入るつもりだ

「……あァ? 軍用機?」


「あれはロスト・エンジェルスのものだな。我々は暴れすぎたのかもしれん」


 メビウスとクール・レイノルズは、大量のヘリが出す無数の羽根の音で一瞬正気に戻った。

 ここまでの戦況としては、若干メビウスが押している。とはいえお互い無傷。どちらが勝ってもおかしくはない。


「おれの許可も取らずに軍を介入させるとァ良い度胸してるじゃねェか……アイツら。あとで詰めねェとな」


「しかし、まだ練度の低いレーダー網に引っかかるほど魔力を使った我々にも責任はあるのでは?」


「それはそうなんですけど、ほら、大統領ってのは最高指導者として威厳がなきゃいけないんっすよ」


「威厳などあるか? そのような砕けた喋り方で」


「そりゃもちろん……!!」


 クールの身体にまとわりついていたマグマが溶け始めた。代わりに焼身自殺でもするかのごとく、彼は炎に包まれる。


「あるに決まってるじゃないですか!! おれァ天下の大統領!! 権威はこの掌にある!!」


 その炎はまるでドラゴンのように変化していく。すべてを食らい尽くす怪物だ。もはや島の半分ほどの大きさとなったクールの火は、森林をほとんどすべて焼き払ってしまった。


「覚えてますかメビウスさん!! 15年前、ロスト・エンジェルスに最強の魔術師がふたり生まれた!!」


 メビウスは冷静にドラゴンの化身となったクールの本体を見据える。超巨大な魔力が炎になっているから、生半端に突撃すれば焼け死んでしまう。


「時代の寵児になったふたりは別々の道を歩んだ!! ひとりはセブン・スターとして平和を守るという困難極まりない夢を掲げた!! そして……もうひとりは落ちぶれ鉄砲玉としてあしたの飯代を稼ぐ日々!!」


 ただ、メビウスは呼吸を整えて突撃する構えを見せる。孤島の生き物たちが灼炎に晒され、やがて死に絶えていく中、それでもなおメビウスは額に汗ひとつ垂らさない。


「しかし、落ちぶれに落ちぶれたその男は諦めがとても悪い!! そこで前代未聞の国盗りを企み……成功させた!! アンタはおれたちにこう言ったよな!? 『君たちは世界を望むように変えられる、度し難い力を持っている』と!! だからここで宣言する!! おれは世界を変えてやったぞォ!!」


「いいや、君はまだ──」


 膨大な炎の塊に、白髪の少女が単身突っ込んだ。


「──世界など掴めていないのだよ」


 空間を引き裂き、メビウスはクールの本体へあと一歩のところまで詰め寄る。


 その怪物たちの対決を間近で見ていたアーク・ロイヤルは、灼熱の中ぼやく。


「たぶん、クール大統領が勝ちました」


「え? まだ両者とも魔力が消滅していないですが?」


「すぐに大統領は魔術を解くはずなので、接近できるようにしておいてください」


 その予言どおり、クールの起こした炎のドラゴンは実体をなくした。

 アーク率いる魔術総合軍の大隊は、ハゲ山になった部分に着陸する。

 そこでアークが見たものは、奇妙な光景だった。


「やはりこの肉体では若い頃の魔力が戻っても、長期戦には耐えられんな」


「でしょ? おれそれ知ってて消耗戦選んだもん!」


 白い髪の少女と大統領が、岩に座りながら談笑していた。


「あのー……、クール大統領。この方は一体どなたですか?」


 アーク・ロイヤルによる当然の疑問は、大統領クールに笑い飛ばされた。


「ははッ! アーク、オマエが派遣されてきたンか!」


「いや、質問に答えてくださいよ。大統領の隠し子ですか?」


「だってさ。年齢教えてあげてやってくださいよ、メビウスさん!!」


 メビウス、という単語を訊いた途端にアークはぎょっとした表情になった。されどメビウスは気にすることもなく、正直に答える。


「わしは72歳じゃ。まあもっとも、見た目と年齢、性別すらも一致していないが」


 アークは目の前にいる少女の、髪色や服装から派手に見える少女の素朴な笑みに、頭を抱える。


「……。老後の過ごし方としては、なかなか刺激にあふれてそうですね」


「おいおい! アーク、すぐ信じ込むのは良くねェぞ?」


「ジョンさんにでも訊けばすぐに教えてくれるでしょ? 軍を退役なさったメビウスさんがよもやこんな姿になってることを」アークは怪訝な目でメビウスを見て、「それに……男から女になったヒトなんて、友人

 や同僚にもいますからね」


「そんなにこの国の連中は美少女になりたいのか?」


「そうでしょう。みんな疲れてるんですよ。メビウスさん」


「疲れたら生娘になりたくなるものなのかのう?」


「…………? まあ、すくなくともぼくはそう思いますよ。いろんな問題から解放されたいんでしょ」


 元々美人のオーラが漂っているメビウスであるが、時々彼女はそのオーラをも超える雰囲気を醸し出す。絶世の美女と対峙するというのは、こんな感覚なのだろうと感じるほどである。


「おれァ女になんかなりたくねェけどなぁ。男に生まれてよかったって、物心ついたときから思ってるくらいだし」


「わしだってそうだ。性別で蔑視しているわけではないが、やはりどうしても男性だった頃が恋しく感じる」


「え、メビウスさんはいつ頃少女になったんですか?」


「一週間前くらいかのう。トイレだったり、生理用品だったりと……やはり慣れないものさ」


「……? ま、まあ。この話ってジェネレーションギャップっていうものかもしれませんね。世代ごとに価値観がまったく違うから、たぶんここで話し合ってても意味ないと思います。ですので、一旦帰りましょう」


 なんでこのヒト、老人臭い喋り方すると太陽のような笑顔を浮かべるのだろう、とアーク・ロイヤルの疑念は尽きない。

 ただ、メビウスとクールはここでようやく立ち上がり、アークとともにヘリの場所に歩いていく。


「ところで、アークくん」


「はい?」


「君はMIH学園に属しているのだろう?」


「そうですよ。あまり出席できていませんが」


「わし……ああ、この見た目なら私と言うのが適切か。ともかく、これからよろしく頼むよ、先輩たち」


「は?」最初に反応したのはクールだった。


「え?」


「言っていなかったか? 私はメイド・イン・ヘブン学園へ入るつもりだ」

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