016 おもしれェよメビウスさん!!

「そういや龍にもなれるんだったなッ!! 二つ名が“蒼龍”だって忘れてたぜ……!!」


 服装は最前と変わらず、黒のジャケットに白のタンクトップ、黒いジーンズ身体中が青くなり、肌にはうろこが垣間見える。また、目の色も変化している。赤く染まった目は、落ち着いていて、しかし血走っているようにも見えた。


 そしてメビウスは口を開け、クールへ炎を吐いた。


「うおおッ!! 炎使いが火で焼け死んだら良い笑いもんだ!!」


 が、クールもうろたえていた割にはあっさり避けた。彼は姿を消し、おそらく高速移動を使って最前の仕返しを行おうとしているようだ。


「クール。やられたからと同じ方法でやり返していたら、相手の思う壺だとは思わんのかね?」


 当然、クールは声を発しない。頭に血が昇っているのだろう。でなければ、メビウス相手に速度勝負なんて仕掛けない。


「わしは空間を引き裂けるのだぞ?」


 メビウスの空間支配は、多岐に渡る使い道がある。20キロメートル離れた場所に一瞬でワープするのも使い方だし、そんなに長い距離を移動しなければならないという縛りもない。では、歴戦を勝ち抜いてきた蒼龍のメビウスは、空間をも制覇するためにどんな方法を使うのであろうか?


「──ッ!? 追いつかれた!?」


 地面を蹴り続けてメビウスの背後を取ろうとしていたクールは、しかしまたもや背後にメビウスがいることを察知し、振り返ろうとする。


 そこには、姿かたちを奪われてしまっても、変わらないメビウスがいた。その迫力はまさしく怪物。数々の強敵と闘ってきたクールですら、息を呑んでしまうほどであった。


「うォッ!!」


 そう思っていた頃には、クールは天高く舞い上がっていた。レジ袋のごとく、浮いていた。


「……。ははッ。はははッ!! おもしれェ」


 だが、クール・レイノルズは邪気のない子どものように笑う。すぐ真下には、決着をつけるべく爪を伸ばした死神がいるのに。

 瞬間、クールだったものは分裂し、大火山のようにマグマを撒き散らした。


「おもしれェよメビウスさん!! 正直衰えたアンタ相手だったら本気出す必要もねェと思ってたが、こっからが本気だ!! 必ず勝ってやンよォ!!」


 目をギラギラと光らせて、地上へ落下していく溶岩の一部からクールは復活する。

 メビウスは燃える岩石すらも凍らせ、それらを操作し、クールへ直撃させようとした。


「苦しいな……」


 そもそも、クールの魔術は炎やマグマ……火に関わるものすべてと同化することが真価だ。火という殺傷性の高い現象に、その中へ自在に入り込める器用さ。山火事など起きようものならば、それをクールが乗っ取って燃え盛る巨人をつくることもできてしまう。


 であるため、長期戦になればなるほどメビウスは不利だ。すでに森林がすこし燃え始めている。クールが暴れれば暴れるほど、当然ながらそれらは大きくなってしまう。


「だが、それだけ勝ちたいということだろう。よし……」


 結局、クールは溶岩でメビウスの遠距離攻撃を破壊してしまった。

 ふたりはここで知る。この対決、最上級の攻撃を繰り出さなければ相手を戦闘不能にできない、と。


 島の形を変えながら、メビウスとクールは接近戦から遠距離戦までを繰り返した。赤く青い6枚の翼と龍娘のトカゲのような翼がぶつかり合うとき、にわかにロスト・エンジェルス本土は揺れる。


 互いに最上位の攻撃を万全な状態で仕掛けられるように戦闘する中、大統領のいない連邦中央委員会は緊急会合を開いていた。


「ロスト・エンジェルスの領海に浮かぶ島でふたりの魔術師が衝突しています!! ブリタニカやガリアが軍事介入の名目を得る前に止めるべきです!!」


「大統領はどこに行ったんだ!? 戦争級の事態だというのに!!」


「ああ、クソ! 大統領がいないのなら多数決で決定だ! 国内に残っているセブン・スターへ連絡することに賛成な者は!?」


 大量の資料と目まぐるしく変わるパソコンの画面は、クール大統領がいない状況の恐ろしさを物語っている。彼らは集団催眠にかかったかのごとく、全員で一斉に手を挙げた。


「よし! 国内残留セブン・スターはアーク・ロイヤルのみだ! 中央委員会名義で直ちに命令をくだせ!!」


 国防における切り札セブン・スターを切らざるを得ないほど、緊張が高まっている。

 伝統的に敵対しているブリタニカ然り、かつては協力関係だったが革命で政局不安が続くガリア然り、なにかと理由をつけてロスト・エンジェルスへ攻め込みたい国はごまんとあるのだから。


 そして、アーク・ロイヤルは授業中だというのに中央委員会から命令を受けた。


「……。領域内で戦争級の激突? 推定戦闘員はふたりだけ?」


 ひとまず授業を抜け出し、金髪彗眼の女顔少年アーク・ロイヤルは自身の通う学校“MIH学園”の裏庭に停まっている軍用ヘリコプターの元へ向かっていく。


「クールくんもいないって話だし……もしかしてあのヒトと外患てきが闘ってる? 最近戦闘から離れて暇だって喚いてたし」


 だとすれば、かなり難易度の高いミッションである。あのクール・レイノルズとやり合える相手がこの国に迫ってきているのだから。


「まあ、行ってみないと分かんないか」


 ヘリコプターの前にたどり着き、アークは敬礼して学生服のまま戦地へ赴く。


「それにしても、この国は仮想敵国ばかりですね」


 アークはヘリの後部座席にて、目の前で座っている壮年の軍人に話しかける。


「敬語なんてやめてくださいよ。アーク少佐。アンタには連邦国防軍の再編で生まれた『魔術総合軍』の大隊指揮権があるんだから」


「1000人を超えるヒトたちなんてうまく指揮できませんよ。儀礼的な意味合いしかないんだから。ぼくの階級なんて」


「つっても、今回の作戦はアーク少佐が大隊長ってことになってますよ」


「……。中央委員会は17歳の子どもに大隊を率いらせて大丈夫だと思ってるんですかね?」


「さあ。ともかく、そろそろ戦ですよ。理不尽な攻撃は少佐が交わしてくれないと」


 十数機の軍事ヘリコプターが、謎の孤島へ到達した。

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