015 龍娘になった老将軍がそこにいた。

 メッセージだけでは分からないこともあるものだ。デジタル化が進む時代とはいえ、すべてが完璧に進んでいるわけではない。

 けれど、クールはこの白髪少女のことを魔力だけでメビウスだと知った。


「分かるのか。さすがだな」


「そりゃおれァクールですから。かつて時代の寵児と呼ばれてた男っすよ?」


「ご機嫌な話だ。さて、手合わせに付き合ってくれ」


「いや、おれァ女には手をあげない主義なんで」


「ならジョンに頼もうかね──」


「中身はメビウスさんっすもんね! 見た目は可愛いねーチャンだけど、魂は蒼龍のメビウスのものですもんね!! よっしゃ! 稽古つけてもらいましょう!!」


 クールとジョンは親友でありライバルでもある。良き関係だ。しかし、だからこそメビウスと再び相対できる権利を譲りたくはない。そんな考えが透けて見えるようだった。


「よし。孤島にでも移動しようか」


 クールはその一言のみでメビウスが起こす行動を理解し、彼女の肩に手を乗せる。

 随分柔らかい肩だ。なぜこんな姿になってしまったのか知らないが、あの師匠メビウスでもさぞかし苦戦しているに違いない。

 とか考えていると、ロスト・エンジェルスの領土の一部に到達した。


「平原地帯っすね。調べてあったんすか?」


「いや、適当に決めた」


「だとしたらもう金星だ。ここ、連邦の支配権が及んでないところみたいっすよ」


 携帯電話の電波が圏外になったのを見て、クールはニヤリと笑う。


「土地も痩せてないし、ワンチャン鉱物資源が出てくれるかもしれないし。ただまあ……」


 クールに魔力が集中し始める。それは戦闘が始まろうとしているというサインだ。

 負けまいとメビウスも首をゴキゴキ鳴らし、その衝撃で近くの木が数本折れた。


「ハゲ山にだけはしねェように努力しましょうや!! おれァ国に奉仕する大統領! その称号守るためには、もう退役した老将軍に負けるわけにもいかないんで!!」


 クールはメビウスの想定通り、あたり一面を焼き払い、炎の海にした。火と煙が広がっている以上、地上に残れば中毒で死ぬのは確実だ。ならば空中戦に切り替えるしかない。

 メビウスは地面を蹴り、空中高くに舞い上がる。そして即座に空間を切り裂き、地上にいるクールの背後を奪った。


「おっと。これくらいで降伏はしませんよ?」


 が、クールが炎の泡のように消えた。メビウスは再び地面を蹴り上げ、クールを探す。


 ──おそらく実体を持たない炎の中に紛れ込んでいるのだろう。ヤツの魔術は炎そのものに同化してしまうところが強みなのだから。


 火の中のどこかにいる。ならば、大炎上している地上を凍らせてしまえば良い。

 メビウスは凍結の魔術を放った。それらは一瞬で浸透し、クールから逃げ場をなくす。


「ウぉ!? こんな簡単に凍らせることできンの!?」


 メビウスから数百メートル離れた場所に、クールは姿を現した。


「……。遠いな」


 攻撃手段ならばあるが、同時に仕留めきれるとも思えない。クールが間合いを詰めてくるまで、あるいはメビウス自身が距離感を狭めるまで、膠着状態になってしまった。


 が、メビウスの考えとクールの思考が一致しているとは限らない。

 瞬間、炎の弓矢がメビウスから数センチずれた場所で爆発した。それらは10発、100発、1000発……と雪だるま式に量を増やしていく。


「私にこれを避けろと? クール、侮るのも大概にしてもらおうか」


 メビウスは自身の半径10メートルの空間を引き裂いた。するとどうだろう。無数に向かってきていた弓矢が、クールの背後へ即座にテレポートされるようになってしまったのだ。


「あちィ!!」


 大量のフレンドリー・ファイアを食らったクールを遠目で見て、メビウスは間合いを詰め始めた。その速度は戦闘機に負けずとも劣らない。


「……。なぁーんてね」


 しかし、自分の攻撃を食らったように見えたクールは笑っていた。つまり、なにかしらの陽動作戦だったということになる。

 そしてクールとメビウスの、190センチを超えた男と160センチ程度の少女の拳はぶつかった。


「魔力を抑えたほうが良いのではないか? この島はロスト・エンジェルスの領土にするのであろう?」


「えーッ。だって魔力の放出やめたらメビウスさんに負けちゃうじゃん」


「命までは取らん」


「まるで命以外はすべて奪うみたいな言い草ですね。またおれなんかやっちゃいました?」


「裏社会の連中とつるんで国家の最高指導者に上り詰め……なんかやったという次元では収まらん!!」


 拳がぶつかる、と表現したが、その言い方は不適切だ。確かにメビウスとクールは殴り合うべく身体を動かしているわけだが、それらすべてに魔力が挿入されている。すなわち厳密には、拳はぶつかっていない。淀んだ魔力がメビウスとクールの拳の間に展開されていた。


「やっぱ知ってたンすか。大統領になってからもなんも言ってこねェから知らねェンかなって」


「悪びれる態度くらい見せろ。まあ良い。そろそろウォーミングアップは終わりだ」


「そうっすね」


 クールは軽い口調だった。ここ十数年前線から離れていた伝説の英雄、しかもいまとなれば少女の姿をしている。正直、クールやジョンが憧れたメビウスの圧倒的理不尽性はまだ見られていない。


「よし……。行くぞ」


 メビウスの元にさらなる魔力が集まり始める。カイザ・マギアを使ってヒトから魔力を奪ったか? いや、この島は無人島のようだし、なにか違う方法で魔力を集めている?


 青い閃光がメビウスの周りに火花を散らす中、クールは思わず炎の6枚羽の翼を展開し、すべての翼を使って攻撃しようとする。


 だが、すべてが遅きに失していた。翼は跳ね返され、メビウスは新たなる姿となってクール・レイノルズの前へ現れる。


「さあ。本番、始めようか」


 龍娘になった老将軍がそこにいた。

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