014 しぶいイケオジがなんで生娘に!?

「ま、メビウスさんがどっちを選ぼうと、その選択は尊重してやらんとな」


 警察署長が現れたのを見て、モアとジョンはメビウスが如何にして少女になってしまったのか説明するのだった。


 *


「──ちゃん。お姉ちゃん。起きて」


「……ああ」


 最近はウトウトと眠ってしまうことは減っていたものの、きょうは加齢によるそれが起きてしまった。捕まっておいて眠りこけるなんて何様のつもりだ、と言われても仕方ない。

 そんなわけでメビウスは目を覚ます。目の前には金髪のぐるぐるメガネの孫娘モアと、最近やたら会う気がするジョンがいた。


「悪いな。気がついていたら眠っていた。歳はとりたくないものだ」


「ははッ。メビウスさん、その見た目で年齢のこと言ったら煽りにしか聞こえませんよ?」


「見た目の問題ではないのだよ。肉体と魂が同化するのであれば、すくなくともそれは数ヶ月程度の時間が必要だ」


「まあ予想がつかないのが未来じゃん? おじいちゃんがお姉ちゃんに収まる可能性だってあるわけで」


「どうだろうな。さて、釈放されたのか? わしは」


「だから“わし”なんてシワシワ一人称ダメだって言ってるじゃん! 時代に合わせていこうよ!」


「理不尽な話だ……。さあ、帰ろうか」


 一連の話が終わり、メビウスはある種当然の摂理として帰宅しようとしたときであった。

 一応押収されていて、いまジョンが持っている携帯電話が鳴った。メッセージのようだ。


「クール・レイノルズ……。メビウスさん、浮気っすか?」


「手合わせの打ち合わせをしていたのだよ」


「だったらおれと喧嘩しましょうよ。おれも喧嘩好きっすもん」


 そうやってメビウスとジョンが談笑している中、モアは顔芸のごとく口を開けていた。


「どうした? モア」


「え、なんでおじいちゃんが大統領の連絡先持ってるの?」


「そりゃ、教え子だからかのう」


「……自然な感じが良いよね」スマートフォンでメビウスを捉え、「じゃなくて! おじいちゃんはジョンさんや大統領の師匠だってこと?」


「そうだよーん。魔術のイロハは全部叩き込んでもらったな。おれらメビウスさんを崇敬してるんだからさ」


「やば……。軍人としてすげえのは知ってたけど、そんなに強かったんだ」


 なんというか、尊敬の眼差しというよりは恐怖の感覚のほうが強そうだ。最近までジョンの正体にも気がつけなかったほど鈍いモアではあるが、強者へは一定の敬意を払うのが流儀らしい。


「それで? このおれジョンを手合わせ要員に選ばなかったわけは?」


「ああ。やはりヤツの口からしっかり訊きたいのだ」


「なにを?」


「反社会的勢力『スターリング工業』とのつながりの全容だ。あの企業もどきのNo.2として、ヤツはたしかに在籍していたはずだからな」


「へえ……。クールの野郎をぶっ潰すつもりですか?」


「ヤツが説明義務をしっかり果たせば、その危険性はあるまい」


 蒼龍のメビウスの碧い目が、眠っていた覇気を取り戻した、とジョン・プレイヤーは確信した。


 かくして、メビウスは単身でクール・レイノルズのもとへ向かっていく。


「メビウスさん、目つきがガチだったな~」


「あたしたちは行かなくて良いんですか?」


「おれァ仕事があるし、モアちゃんが行くかは自分次第だ。まあもっとも……連れてってくれねェかもな」


 耳が聴こえやすくなったメビウスは、その会話を拾っていた。


「モア、悪いがジョンの言う通りだ。わし……私ひとりで向かわせてもらいたい」


 師弟喧嘩に孫娘を巻き込めるか、という話である。これから起こることは、いわば戦争級の殴り合いだ。そんな場所に最愛の孫を連れて行くわけにはいかない。

 というわけで、メビウスは大統領府へ飛び立っていくのだった。


「え? おじいちゃんいなくなっちゃった」


 モアがポカンと口を開けていると、ジョンが発奮したかのように説明を始める。


「すげェ……!! やっぱり空間支配は健在なんだ。なにも存在しない場所を引き裂き、空間移動を自在に行うメビウスさんの移動術式……!! すげェなぁ。やっぱあのヒトすげェよ」


「空間移動? 空間支配? じゃあ、おじいちゃんはどこ行ったんですか?」


「そりゃもちろん、クールの居場所だろ」


「へ? それって20くらいワープしてることになりますけど?」


 20キロメートル。おおよそハーフマラソンと同じ長さである。なお、そのマラソンの平均タイムは2時間弱といったところか。


「全盛期は100移動できた御方だぞ? モアちゃん、メビウスさんを過小評価し過ぎだ」


「そこまで来ると意味分かんないです……。あたし、まだおじいちゃんへの愛情が足りなかったかも」


 *


「おい!! なんだよいまの魔力は!!」


「カイザ・マギアは使われていないんだよな!? ただ魔力に睨まれて気絶してるのか!?」


 最初から魔力を全開で進んでいったほうが楽だ。クールがメビウスの魔力を感知できないはずがないのだから。

 しかし弊害もある。防御していない相手からすべての魔力を抜き取る術式『カイザ・マギア』を使っていないのにも関わらず、淀んだ魔力が自由解放されている大統領府前公園の木をへし折り、わしに睨まれたと錯覚した者が倒れ込む。

 とはいえ、危害を加えようというわけではないので、公園のベンチに座りながらクールが出てくるのを待つ。


「オラァ!! 誰じゃ大統領府前公園を荒らしたバカタレはァ!! おれへの宣戦布告か!?」


 日陰に入ってのんびりしていると、そんな大声と6枚の炎の翼が見えた。そしてその翼のひとつはメビウスを焼き殺すために凄まじい速度で伸びていく。


「……。ふむ」


 メビウスの右手の爪が、空想上の世界にしか存在しない“龍”の爪に変わる。腕にはうろこが生え始め、数パーセントほど龍王……いまの姿では龍娘となった。

 そして一直線に伸びてくる炎の翼に向け、メビウスは右腕を思い切り振るう。

 ボオ……。という音は炎がしなびたことを決定づけた。

 ここで背丈が高くて男前な茶髪の教え子クール・レイノルズはメビウスの正体に気がつく。


「メビウスさんじゃないですか!! しぶいイケオジがなんで生娘に!?」

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