013 魂と肉体は別のモンだって

 いまから約10年前に亡くなった妻、バンデージ。一度も予備役に入らず、前線で生き続けたメビウスと彼女が一緒にいられた時間は長くない。だからこそ、メビウスはバンデージの笑みが印象的だった。こんなに愛らしいヒトを放っておいて、戦争に従事することは正しいことなのか考え込むほどに。


「……?」


 ラッキーナは怪訝な表情になる。自然な顔色だ。先ほどまで表情が強張っていたからか、彼女がバンデージに瓜二つであることに気がつけなかったのであろう。


「ああ、なんでもないよ。それにしても、このスマホは手でジェスチャーして画面をつくるのか?」


「あ、うん! 腕時計がセンサーになって、ディスプレイが浮き上がってくるんだ! しかも良く分かんないけどよそ見防止機能もついてる! け、結構近寄らないと見えないでしょ?」


 一瞬完全に物思いに耽ってしまったから、話題を逸らすためにすこし気になったことを訊いた。

 ラッキーナの持っている携帯電話のように、奇妙な進化を遂げたものの存在はロスト・エンジェルスでは普遍的な話だ。この国には世界一の技術と魔術が集っているのだから。


「ああ、そして私はすこしお世話になってくるよ」


 ようやくメビウスを誘致する方法が思いついたようだ。抵抗するつもりもなかったが、ヒトの心まで読める者は限られてくるので、仕方のない処置というものだろう。


「あ、あ」


 すでに手錠をかけられていたメビウスは彼女の方向を向く。


「どうした? 今生の別れというわけでもないだろう」


「あ、あ、あ、あの、バンデージさん! わ、私と一緒にメイド・イン・ヘブン学園へ行きませんか!?」


 仮にも逮捕される場面で伝えることでもないだろうに。突拍子のないことを言い出すのも亡き妻そっくりだと思いつつ、メビウスはラッキーナにウインクした。


「さて、さっさと連行してくれ。きょうは大事な約束があるのだ」


「生意気なクチ叩くガキだなぁ……」


「まあ、まあ……。悪意があるようには思えませんし、転生者かもしれないですね」


 そんな会話を交わし、メビウスは人生で初めて逮捕された。


 *


「もしもし!! ジョンさん! おじいちゃんが逮捕されたって本当!? 発砲の上に転生者だって疑われてるって!?」


『落ち着け、モアちゃん。メビウスさんは逮捕こそされたが、まず起訴されない。強盗犯の手ェ撃ち抜いただけで裁判かけてたら、留置所と刑務所がいっぱいになっちまう』電話越しのジョン・プレイヤーは落ち着いた口調で、『ただまあ、転生者という疑いは難しいな。それはモアちゃんにしか証明できないんじゃないか? メビウスさんが女子高校生くらいの子どもになっちまったことは』


「だったら証明するよ! ブリタニカからスターリング工業が強奪したっていう“若返り”の薬に性別が入れ替わる成分つくって入れただけだもん!」


『……スターリング工業、だぁ?』


 電話先のジョン・プレイヤーはしばし黙り込む。なにか禁句でも言ってしまったのか、とモアは顔を青くする。

 が、やがてジョンが喋り始めた。


『良いか、モアちゃん。スターリング工業ってのは反社会的勢力だ。そんなところから薬なんて買っちゃダメだぜ? まあ、メビウスさんには伏せておいたほうが良いかね』


「え? だって、あの会社は大統領のクールさんが所有してるんですよね? そこが反社会的? どういうことですか?」


『そこらへんの関係図が見えないのなら、ますます伏せたほうが良いな』


 ジョンは意味深長な態度で語りかけてくる。彼は続けた。


『ともかく、警察署へ出向こう。モアちゃんは性別が入れ替わって若返る謎の薬を持ってくるように』


「は、はい」


 モアは疑問符を浮かべながら、身支度を始めた。


 *


 セブン・スターのジョン・プレイヤーが謎の少女を迎えに来る。この大ニュースを耳にした警官たちは、やはり取調室で足をパタパタさせながら座っている白髪少女が只者でないことを知る。


「やっぱり転生者なのか?」


「いや、ジョンさんの子どもかもな。あのヒト、33歳なのに16歳の息子がいるらしいし」


「とにかく、おれたちの管轄内じゃないってのは事実だ」


 実際、この白髪碧眼の少女が暴れ始めれば、この街の警察が全員束になっても敵わないだろう。簡素な身体検査ですら、魔力量の高さが飛び抜けていたからだ。何度も死を意識しなければ到達できない高みに、この少女は君臨している。


「つか、あれじゃね? 転生者だけど義理の娘にしてて、届け出してないパティーン」


「ありうるな。転生者って連中はみんな、おれらに監視される羽目になる。ジョンさんがそれに耐えられるか? 耐えられねェと思うね」


 そんなおしゃべりを交わす警官たちの元に、大きな青年と小さな少女が現れた。彼らは揃いも揃って、慌てながら金髪にサングラス、髭面の男に敬礼する。


「ジョ、ジョンさん!?」


「よう。そこン子がおれの娘でないことと、転生者でもないことを教えに来たぜ」


「へ? じゃああの子は一体何者で?」


「オマエらはクチが軽そうだから教えねー。上のモン呼んでこい。必ず納得させてみせるからよ」


「わ、分かりました」


 ジョンに圧倒され、逃げるかのごとく署長を呼びに行った警官たちを尻目に、モアはドア越しにメビウスを確認する。


「おじいちゃん、寝てるし……」


「ご老体だからなぁ」


「でも見た目は完璧美少女じゃないですか?」


「モアちゃん、昔教えたはずだぜ? 魂と肉体は別のモンだって。まだメビウスさんは迷ってるんだよ」


「迷う?」


「いっそのこと存在しなかった青春とやらを取り戻すか、このまま魂を自然に解放して亡き同胞たちへ会いに行くか、ってところかねェ」


 もう未来がない身だと割り切っていたメビウスだろうが、実際肉体は若返っているのだから、これからさらに数十年生き直すことも可能だ。

 ただ、それは苦しみから逃れる手段を数十年間失うだけではないのか……とも考えているはずなのだ。

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