023 72歳の少女メビウス

 それにしたって、露出度の高い格好をしているものだ。我が孫娘は。

 9月5日。メイド・イン・ヘブン学園後期入学者の登校日である。そしてモアもきょう登校するらしく、現在気温12度だというのに学生服のスカート丈はとても短い。すこし覗き込めばパンツが見えてしまうほどだ。


「モアよ。その服装で学校へ行くのか?」


 規定通りのスカート丈を着こなす72歳の老人だった少女メビウスは、そんなモアを見て頭を悩ませる。メビウスの中でモアの印象は小学生程度で止まっている。学生服を着ているのを見たのも初めてだ。それが故、祖父の魂を持つ少女は心配でならない。色々な意味で。


「これくらい普通だよ~。だいたいあたしはデビューするんだから!」


「デビュー?」


「お姉ちゃんという超絶美少女使ってスクールカーストの最上位に登り詰める!! それがあたしの野望だよん! ……。だからむしろお姉ちゃんのほうこそ、制服改造しようか」


 瞬間、モアはメビウスの動きに制約をかけた。身動きが取れず呆気にとられた顔色になるメビウスへ、モアが詰め寄る。


 *


「足元がスースーするな」


 青いブレザーに青いリボン。チェック柄のスカートは太ももの上半分も隠せていない。そんな72歳の少女メビウスは、案外落ち着き払っていた。


「ただ動きやすい。もうすこし丈を伸ばせば拳銃も隠せそうだしな」


 この格好、利便性が高い。大昔は男性も履いていたらしいが、すくなくともメビウスには男性向けのそれの廃れた理由が分からなかった。まあこの服は200年先の技術力を持つとされる国の代物なので、当時と比べるのはナンセンスかもしれない。


「ブレザーも温かいな。極寒の地でも安心だ。セーターは防弾チョッキでも代用できそうだし──」


「なんで恥ずかしがらねえんだよっ!?」


「ん?」


「おかしいでしょおじいちゃん!? 70歳超えた爺さんが人生初の女子用学生服着てるんだよ? 普通もっと狼狽えるべきでしょ!? 恥じらうべきでしょ!? TSの醍醐味をまったく理解してないんだから!!」


 意味不明な理由で叱られた……というより一方的に怒鳴られた。要するに男性から女性に変わってしまったことを堪能しろというお叱りだろうが、別にメビウスはいまの姿を楽しんでいないわけではない。ただ、軍人として長い時間を過ごしたためか、この姿における戦闘面での優位性を探してしまう。


「仕方ないだろう。いわゆるジェネレーションギャップというものだよ。君と私では価値観がまるで違う」


「価値観が違ってもありがちな反応するだけで良いんだよ!? ハンドガンの隠し場所とかボディーアーマー代わりのセーターとか、普通からもっとも程遠いじゃん!?」


「残念なことに60年間軍人をしていたからな。普通、なんてもう忘れてしまったよ」メビウスはすこし脅しをかけるような口調だったが、「ま、それもこれも学園で生活すれば変わるかもしれない。だろう?」


 モアは嬉しそうに、「うん!! きっと変われるよ!!」と太鼓判を押す。


「では、行こうか。実力至上主義、強さこそ美徳の学校へ」


 *


 NLA市メイド・イン・ヘブン区、第5校舎。


「ルーシ帝国の宮殿みたいだな……」


 学校舎、というより王宮だ。見た目だけで圧倒されそうになる。

 ただし中身は外見のように豪華というわけではない。いや、絢爛ではあるのだが、良い意味での古めかしさを感じない。床は大理石で、シャンデリアが輝いていても、だ。

 相変わらずセグウェイで移動している生徒が複数いるし、注意喚起の電光掲示板と監視カメラの数は国会よりはるかに多い。モニュメントだったものは見る影もなく破損していて、落書きまで施されている。


 とどのつまり、この校舎はとても治安が悪い。周りは皆メビウスの魔力に萎縮でもしているのか目も合わせてこないが、思い描いていたMIH学園は早くも崩れ去ることになった。


「モアもいないし、ラッキーナくんに連絡してみるか」


 モアは別の学舎で授業を受けている。未知の領域にひとりでいるのは、70歳を超えても気が引けるものだ。だからメビウスはラッキーナ・ストライクに電話をかけようとした。


 その折、メビウスは肩を叩かれた。

 瞬発的にブレザーから拳銃を抜き出そうとする。

 が、相手はすでに手を挙げていた。


「おお。君は……ジョンの息子のフロンティアくんか」


 赤髪の少女、基少年フロンティアがそこにいた。赤面しながら。


「あの、その、文章書くのは苦手なんで、感想文は無しで良いですか?」


「なんの話──ああ。ファーストキスの話か」


「わーッ!! その話ダメ!! しーっ!!」


 自身に注目が集まっていないことを確認したフロンティアは、メビウスに耳打ちする。顔から熱でも発しているかのように、フロンティアの頬は熱かった。


「ッたく……。ここにいる連中はみんな同級生だし、舐められたら終わりなんですよ」


「キスごときで揺らぐのか。君の実力は」


「オレは中身が男で通ってますからね。それなのにキスで悩まされてたら、父ちゃんみてーな魔術師になれねーし」


「たしかにジョンはそんなことでは悩まんな」


「……。父ちゃんって昔からそうだったんですか?」


「そうだな。女遊びは程々にしないと身を崩す、と忠告したが……それでもヤツは遊び尽くしながら一流になったからな」


「オレも父ちゃんみてーに女遊びしてみよーかな」


「やめておけ。大勢のヒトを泣かせる羽目になるぞ?」


「って、そんなことよりメビウスさん。あ、バンデージさん。そろそろ顔合わせが始まりますよ。教室行かないと」


「どこに教室があるのか分からなくてな。案内してくれると助かる」


「任せてくださいよ。父ちゃんの師匠には訊きたいこと山程あるんだから」


 高級デパートと勘違いしてしまうほど装飾が強いエレベーターに乗り、メビウスとフロンティアは廊下側がガラス張りになっている教室のひとつに入った。


「よう。おめェがモアの姉だって?」


 が、メビウスとフロンティアは座ることも叶わない。始業時間まで残り2分である。

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