022 貴官は不運の原理だからな

 案の定というか、メビウスはMIH学園の理事長に呼び出されていた。

 白い本校舎へと向かい、理事長室のドアをノックする。「どうぞ」と聞こえたので、白髮少女に成り果てた元老将軍メビウスはドアを開けた。


 かつてロスト・エンジェルスを独立に導いた伝説の壮麗王『アーサー』の肖像画が、机と椅子の後ろ側に貼り付けられていた。

 その絵にメビウスがやや圧倒される中、セーラムはゆっくり前を向く。


「ようこそ、メビウスくん」


 セーラムは微笑みを浮かべている。そして瞬時にメビウスの正体を見抜いた。やはり歴戦の猛者といったところか。


「セーラム閣下」


「まさか少女の姿になって私の前に現れるとは。その身体へも大分馴染めましたか?」


「ええ。お陰様で」


「よろしい。さて、メビウスくん。ふたつ訊きたいことがあるのだ」


「なんでしょうか?」


 こういうとき、セーラムはほとんどの場合無理難題を押し付けてくる。頼まれれば断れないメビウスの性格を利用しているのだ。

 と、分かっていてもメビウスは文句を言わない。セーラムほどの男が無理難題を押し付けてくるということは、その問題の解決はメビウスにしかできないからだ。


「ひとつ。本当にメイド・イン・ヘブン学園へ入るつもりなのかね?」


「ええ。私は軍学校しか出ておらず、この学校の自由な校風に憧れたのです」


「よろしい。ならもうひとつだ」


 セーラムはメビウスの目をじっくり見据える。ただ、メビウスもまるでひるまない。


「パクス・マギアを知っているだろう? 実は当学園の生徒の中には、人間の身体に強大な魔力を注入することで拒絶反応を意図的に起こそうとする者がいるのだ。それを行うことで、人為的なパクス・マギアを発現させようとしている。この意味、分かるだろう?」


「……。パクス・マギアはどんな願いでも叶う夢の魔術。子どもがそれを欲しがるのは必然ですな」


「そうだ。だからこそ、大人である君に止めてほしいのだ」


「疑いがかかっている生徒は?」


「それよりもメビウスくん、座ったらどうだね?」


 立ちっぱなしだったメビウスを気遣うような言い草だが、この言葉を額面通りに捉えてならない。メビウスとセーラムは所属する軍こそ違うが、同じ階級の『上級大将』。いわば同格同士だというのに、セーラムはその関係性を壊そうとしている。


 そのためメビウスは、「結構です。若返ったおかげで腰も痛くないので」と断りを入れておく。


「そうか。若返るというのは良いことだな」


「すべて良いことばかりというわけではありません。それで、疑惑がかかっている生徒は誰でしょうか?」


 セーラム理事長はタブレットと紙を机から取り出した。そこへは、銀髪碧眼の幼女が映し出されていた。


「大統領クール・レイノルズの義理の娘、ルーシ・レイノルズに強い嫌疑がかかっている。入学するつもりがあるのなら、この生徒を良く監視しておいてほしい」


 10歳程度の幼女ルーシは、写真だけでは分からないことも多いとはいえ、年齢に似合わない虚ろな目つきをしていた。


「この子がルーシ・レイノルズですか? 随分大人びた印象を受けますが」


「そうだ。転生者説が出るほどに彼女は大人びすぎている。10歳にして1億メニーの契約金とともにMIH学園へ入学した化け物。この少女の身体には……悪魔が宿っているように感じるな」


 いつだかジョンが自身の娘フロンティアを諭すべく、名前があげられた幼女ルーシ。あのときジョンは彼女のことを『100億メニーの幼女』と呼んでいた。カテゴリーやら評定金額の話を訊く限り、この銀髪碧眼の幼女とメビウスの実力は数字上近い。


「悪魔ですか。無神論国家にぴったりですな。セーラム理事長、我々は憎まれ口を叩き合うこともあったが、あの友情は本物だと信じている。私が言いたいこと、分かりますか?」


「面倒事に巻き込むな、と?」


「そういうことです。もう私は貴官きかん……貴方の同僚ではない。なにも危害を加えられていないのに、敵対的な行動をするのは性に合わない」


「いかにもらしい言い草だ。もう司令部にいた時間のほうが長いはずなのに、一般兵の気分なのだから」


 そんなわけで話は平行線だった。メビウスは厄介事を避けて学生気分に浸りたいと考えており、そのためには同じ学園の生徒が敵性因子になるなんてもってのほかである。事情は分かるが、どうしても解せない……現役時代からなにも変わらない関係性だ。


「まあ良い。貴官はだからな。いずれそのうち、メイド・イン・ヘブン学園でも揉め事を起こすさ。無論そのときは、私が全力で退学にならぬよう手はずを整えるが」


 セーラムは納得していなさそうだが、ひとまずメビウスが首を縦に振ることはないと判断したのだろう。

 それでも彼は嫌味ったらしく、「無の世界にカネは持っていけないが、契約金の小切手だ」とメビウスへ1億2,000万メニーと書かれた手形を渡してきた。


「1億2,000万メニー、ですか?」


以上、本来契約金なんて提示する必要はないのだが……他の職員やスカウトに訝られても困るのでね」


「まず学校へ入るのに契約金が発生するという仕組みが良く分からないですが?」


「魔術師育成私立学園が、どれだけ政府から支援を受けているか知っているのか? 3年間魔術理論を研究員に見せてくれれば、この10倍以上のカネが回収できる。まあもっとも、君の理論は研究者も私も知り尽くしているが……」


 セーラムは口惜しそうな表情になる。メビウスほどの逸材が新規に入学していれば、凄まじい利益が生まれたはずだからだ。


「では、面接は終わりだ。9月の頭から君はメイド・イン・ヘブン学園の生徒となる」


 8月中旬、メビウスの新たな人生が始まろうとしていた。


 *


「へえ。コイツが120億メニーの少女……」


 銀髪碧眼の美少女ルーシ・レイノルズは、タバコだか危険薬物だか分からない紙巻きのなにかを咥えながら、後期入学生徒をタブレットで閲覧していた。


「バンデージ、ねえ。コイツ、同じ匂いがするぞ」


 ふたりが出会うのはもうすこし先の話だ。

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