021 おじいちゃん、鬼畜だね……

「ふざけた金額だ。MIH学園はなにが言いたい?」


 メビウスがその通知書に少々頭を悩ませていると、モアが帰宅してきた。これは良い機会だと、メビウスは金髪低身長のぐるぐるメガネの孫娘モアを招き寄せる。


「ただいま」


「おかえり。モア、すこし教えてほしいことがある」


「なーに?」


「カテゴリーと評定金額というものだ。先ほどメイド・イン・ヘブン学園から送られてきた」


「金額は?」


「120億メニーじゃ」


「……。写真撮るか絶句するかで迷うな」モアは露骨に眉をひそめ、「まあまあ、おじいちゃんなら120億メニーくらい値札がついてもおかしくないか。カテゴリー・PTだと考えれば破格だけど」


「専門用語ばかりで良く分からないな」


「んー。要するに、おじいちゃんにはレーザービーム搭載対魔術ステルス空母くらいの価値があるってMIH側は考えてるってことかな。値札っていうのは評価金額で、PTはプロスペクトの略称だよ」


 いつだか同期のセーラム将軍率いる海軍が、100億メニーを超える最強の空母をつくると息巻いていた。結果それらは3機ほど着港したらしく、モアが言うように迎撃へはレーザービームを使い、魔術師による集中砲火に遭わないようステルス加工もされている。

 そんな不沈艦と同等以上の評価を受けた少女は、思わず首を振った。


「あのすべてを欲張った空母と同価格なのか。私は」


「おじいちゃん知ってるの?」


「セーラム将軍の顔がちらつくよ……。彼は素晴らしい軍人だったが、一方でロマン主義過ぎた」


「セーラム? そのヒト、うちの理事長じゃん」


「本当か!?」


 淡泊なモアの言い草に、らしくもなくメビウスは狼狽えた。


「本当だよん。ある程度のプロスペクトには、理事長自ら面談することもあるしね。あたしもすこし話したし、セーラムさんが昔話好きならおじいちゃんも招集かかるんじゃない?」


「彼は意外と喋ることが好きだからなぁ。おそらく面接を受ける羽目になるだろう。この姿で」


「ねえねえ」


「なんだ?」


 うなだれているメビウスに、モアはなにやら嬉々とした表情でこちらを見てくる。


「あたし、おじいちゃんのこと知らなすぎるみたい。なんかさ、あれだよね。身近に偉人がいると感覚が麻痺って、大したヒトに感じなくなっちゃう。というわけで、おじいちゃんなにかお話してよ」


 孫からの突然かつ無茶な要求に、メビウスは首をかしげる。

 ただ、考えてみればモアがメビウスの身の上話を尋ねてくるなんて初めてだ。この数週間、自分の意図通りメビウスが美少女になって、モアの中でも心理の変化があるのかもしれない。


「そうだな……。それこそセーラム将軍とわしの関係性が真っ先に浮かぶな」


「理事長とおじいちゃんが盟友なのは知ってるよ? 教科書に載ってるレベルだもん!」


「いや……私とセーラム将軍は友人といえるほど親しくない」メビウスは遠くを見据え、「むしろ敵対関係といえるほどだった。陸軍出身で軍縮派の私と、海軍畑の軍備拡張派。政治的にも立場的にも、常に対立していたよ」


 仲良し小好しでは英雄など務まらない。メビウスの言う通り、彼女とセーラムは常時と言って良いほど対立していた。セーラムの言い分も分かるが、どうしても解せない……そういう関係だったのだ。


「えーっ!? 教科書が嘘ついてるってこと?」


「そうだな……。真っ向から言い合うこともあったし、気に食わないヤツだと何度も思った。だが、いまこうして人生の終わりに近づくと、彼のような者の顔もチラつくものだ」


「おじいちゃん……、じゃなくてお姉ちゃん。寂しいこと言わないでよ。まるで死んじゃうみたいな言い草じゃん」


「人間はいつか死ぬからな」


 半分冗談ではあるが、思いの外モアは精神的に来るものがあったようだ。そのため、メビウスは話題を逸らす。


「ところで、他に訊きたいことはないのか?」


 寂しげな表情になっていたモアが一瞬で笑顔になった。


「うん! ジョンさんとクール大統領との関係性訊きたいな!!」


「彼らのことか? そうだな。最後の教え子と言ったところか」


「最後の教え子? おじいちゃんが50歳だったときくらいにふたりを弟子にしたんでしょ? でもおじいちゃんが退役したのってそれから20年弱経ってるじゃん」


「60歳過ぎてからは弟子を取らなかったからな。陸軍の事実上のトップということもあり、後進を育てている暇がなかったのだよ」


「ふーん。でもさあ、あのふたりってバカ強いじゃん? どういう特訓したらああなるの?」


「隣国かつ敵国ブリタニカに数ヶ月放置してみたり、人間の条理が通用しない場所に閉じ込めたり……。いま思うと、随分手厳しい手ほどきをしたものだ」


「は?」


 モアが固まっているのを気にせず、「ただ成果は莫大だったな。ヤツら、多少撃たれたり刺されたりしてもピンピンしているからのう」と満面の笑みを浮かべる。


「ブリタニカに数ヶ月放置? 人間の条理が通じない場所に隔離? おじいちゃん、鬼畜だね……」


「彼らが最短で強くなることを望んだからじゃ。現にいま、あのふたりはロスト・エンジェルス最強の魔術師として君臨しているだろう?」


「まあ……そうだね。じゃあさ、まだ訊きたいことあるんだけどさ。おじいちゃんってどんな魔術使うの?」


 シンプルかつ難解な質問がやってきた。モア自身の魔術が理解不能な現象を操るという滅裂なものであるため、その大本となっているメビウスのそれは更に複雑なのだ。


「主に使うのは“凍結術式”じゃな。空間を支配する術式も多用する。そして身体能力と飛行能力、さらに機動力が凄まじく上がる“龍王術式”も使う。見た目が龍神になる魔術じゃ。ただこれはそれなりに消耗が激しい上に、この身体では余計に長い時間は耐えきれん」


 モアはまるで話を飲み込めていなかった。彼女はパソコンのブルースクリーンのように固まっていた。それはメビウスのスケールに驚嘆しているからか、それとも祖父という名の少女が頻繁に超絶美少女になるからか。

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