020 あまりヒトの裸体を見ないほうが良いぞ?

 超広大な校舎は、学校というより宮殿だ。先ほどラッキーナがモアの価値を5億メニーと言っていたが、この学びの場はそれと同じくらいの値段をかけてつくられていそうな雰囲気である。


「後期入学志望の方ですか?」


 入り口のひとつの前で係員にそう聞かれた。メビウスは、「そうです」と淡泊な返事をする。


「身分証明書をおかざしください」


 なにやら電子機器に身分証をタッチしなくてはならないようだ。メビウスとラッキーナはそれぞれ触れ終える。


「バンデージさんとラッキーナ・ストライクさんですね? 早速ですが、身体検査があります。着替えてきてください」


 係員はタブレットで更衣室への道しるべを見せてくる。ふたりはそれに従い、白い宮殿ことMIH学園本校舎を歩いていく。


「本当にここで授業が行われているのか?」


「え、あ。そうみたい。で、でもここは権威的な存在らしいよ」


「学校に権威が必要なのか?」


「わ、わ、分かんないけど、ひ、必要かもしんな、い」


「すこし緊張がひどいようだな……」


 そもそも身体検査とはなにか、と訊きたくなるが、いまのラッキーナを見ている限りまともな答えが返ってくるとは思えない。孫娘モアが入学試験を受けたときは、紙のテストと魔力の軽量が課せられる入学試験だったはずなのに。


「まあ、やってみれば分かるか」


「ば、バンデージさんは怖いもの知らずですね……」


「そうか? 誰よりも怖いものから逃げ回っているような人間だが」


「テストと魔力測量だけでも緊張するのに、身体検査なんてまったく聞いたことない試験までやらなきゃいけないんですよ……?」


「不運も運のうちだ。それに、まだ不運だと決まったわけじゃない」


 メビウスはそう言い、着衣室までさっさと歩いて行ってしまう。ラッキーナは吐き気に悩まされながらも、白髮少女についていくのだった。


 *


 そりゃいまのメビウスとラッキーナは同じ性別だ。同じ部屋で着替えるに決まっている。

 だけど、こういう場面ではメビウスがラッキーナに劣情を抱くはずだ。メビウスは中身が男だからだ。


 ──それにしても、着替えているときチラチラ見られる感覚には慣れないな。


 案外見られている感覚はあるものだ。主に胸や尻とかを。男性時代、そういったことがなかったとも言い切れないが、ここまでマジマジ凝視されるとは思ってなかった。


「……。あまりヒトの裸体を見ないほうが良いぞ? 相手がどう思うか分からないからな」


 というわけで、メビウスはラッキーナを見上げ顔を見て、一応指摘しておいた。それが優しさだからである。しかし、その優しさを受け取ったラッキーナは赤面して顔を伏せるのみだった。


「まあ……。減るものでもないが、いまは色々と厳しい世の中だからな──」


「バンデージさんっ!! このバトルスーツすごいですね!! 着やすいし耐久性もありそうだし! スクール水着みたいなのが嫌です──だけど!」


 二着置いてあった水着のような計測用スーツに興味津々といったところか。まあ確かにこれはすごそうだ。裸体のままでいるかのように服を着ている感覚がまったくない。体型は強調されてしまうが、メビウスもラッキーナもスタイルは抜群だから問題ないだろう。


「そうだな。なかなか良いものを配布してくれるらしい。さて、頑張ろうか」


「は、は、う、うん!!」


 *


「とんでもない大物が入ってきたぞ……!!」


「名前はバンデージ。スカウトからの報告によると、あの蒼龍のメビウスの孫娘だということしか分からない。だが!! この生徒は手放せんぞ!!」


「ただちにバンデージへ接触しろ! こちら側がプロスペクトへの契約金として渡せる金額は1億2,000万メニーだ!!」


 学園側はメビウス、基バンデージの身体検査の結果を見て慌てふためいていた。教員たちが踊るようにメビウスへの接触を図ろうとする中、メイド・イン・ヘブン学園の理事長は溜め息をつく。


「メビウスくん。どうして君という人間は退屈を知らないのだい? こんな姿になって」


 白いひげを貯えた72歳の男性の肩書きは、なにもロスト・エンジェルス最高峰の学園のトップだけではない。

 かつて海軍の参謀総長を務め、その後は政治家に転身し国防長官となり、メビウスより数年早く引退生活に入るも、つい最近メイド・イン・ヘブン学園の理事長に任命された老兵。

 名をセーラム。メビウスとは同期であり、戦友だ。


「まあ、そんな老後も悪くまい。ただし私との面接では互いに吹き出してしまうかもな」


 この日、MIH学園後期入学希望者の中から、200人程度の高校生が入学を許可された。その中には当然メビウスとラッキーナの名前もある。


 *


 ある日の昼。

 入学が決まってメビウスは学生服の試着を行っていた。


「……。腹が立つくらい似合っておるな」


 やや巨乳の美少女の姿を持ついまのメビウスに、似合わないものなどないかもしれない。青いリボンと青いブレザー、暗い赤と青のチェックの入ったスカートの丈は自由に決めて良いらしい。たとえパンツが丸見えの状態でも怒られることはないとの話だ。


 いま家にモアはいない。というわけでメビウスは怪訝な表情を崩さないまま、鏡の前で動き回る。女子高生っぽいことをしてみれば認知症リスクが減るかもしれない……と、様々なポージングを取った。


 そんなメビウスの邸宅のインターホンが鳴った。この姿で外へ出て良いものなのか、と一瞬考えるが、そもそもいまのメビウスは少女だ。なんの問題もない。引退した蒼龍のメビウスはいません、と言っておけば良いのだ。


「はい」


『郵便です。メイド・イン・ヘブン学園様から』


「ああ、分かりました」


 入学手続きのための書類でも届いたのだろう、とメビウスは玄関まで向かっていく。

 荷物を受け取り、メビウスは封筒を開封する。


「カテゴリー? 評定金額? ラッキーナくんが言っていたな」


 カテゴリー・プロスペクトの評定金額120億メニー、と書かれた紙切れだった。なお、120億メニーがあるとスーパーカーを80年間毎日乗り換えることができる。

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