シーズン2 偉大な詐欺師はパクス・マギアの夢を見る

019 72歳の老人が16歳になって学生やろうとしています

 ロスト・エンジェルスにおける魔術師の価値は年々上昇している。

 特に需要が増しているのが軍需産業だ。熟練の技術と日々新たな術式が生まれる魔術を融合させた兵器を欲しているのだ。ロスト・エンジェルスと海を挟んで存在する大陸『エウロパ』の情勢は不安定であり、いつ戦争に巻き込まれてもおかしくない。


 そのため、軍事産業を始めとした様々な技術転用を狙う企業が、この国でもっとも魔術師を育成した私立制学園『メイド・イン・ヘブン』に巨額の投資をするのは必然といえよう。ここでMIH学園を支援しておけば、巡り巡って自分たちの利益になる、と。


 そんな背景をよそに、およそ50年前蒼龍のメビウスとして世界最強の軍人とも呼ばれていた少女は、MIH学園後期入学手続きのために学校を訪れていた。


「やはり広いな」


 大企業や国からの莫大の援助金を受け、MIH学園は物理的にも巨大化の一途を辿っていた。北の都市ノース・ロスト・エンジェルスの一区画20平米キロメートルが分け与えられるほどに。


「NLAの土地代を考えれば、魔術産業がどれだけ大きいものなのか計り知れる」


 そうしてやや長めの白髪を持つ少女が『NLA市メイド・イン・ヘブン区』を散歩しているときだった。


「バンデージさん?」


「ああ。ラッキーナか」


 バンデージと呼ばれ、一瞬迷ったがメビウスは反応を示した。

 こんな見た目なので、メビウスという名前は使えないのだ。現状亡き妻の名を借りている状況であり、今回入学に際して必要な偽装身分証の本名もバンデージとなっている。


「し、試験会場行こうよ。私、こんなヒトの多いところ耐えられないよ……」


 そういえば、ラッキーナ・ストライクという長身の少女とともに入学試験を受けようとしていたことを失念していた。そして彼女は人酔いしてしまう気質らしい。


「そうだな。あまりのんびりしていると時間が過ぎ去ってしまう」


「う、うん」


 メビウスとラッキーナはMIH学園の本校舎に向かっていく。

 この学校、なんと校舎が20個以上あるらしい。総生徒が15,000人を超えたとはいえ、少々箱物をつくりすぎではないだろうか。


「一般試験は大丈夫そうか?」


「え、あ、うん」


「魔術は?」


「た、たぶん行ける」


「それなら良い。わし……私としても、ひとりで後期入学するのは嫌だしな」


 一応、モアが高等部一学年なので高校生として入学予定のメビウスとは同級生となる。とはいえど、ラッキーナへも受かってほしい気持ちがあるのも事実だ。

 実年齢はそれこそ孫と祖父母くらいに離れているが、メビウスはたしかにラッキーナへ友情を感じ取っていた。


「ば、ば、バンデージさんこそ、受かる確証あるの?」


「受からないのなら始めから来ないよ。結果ありきで行動するのが私のやり方だからな」


「た、たしかに……」


「それに……が待っているのだ。双子なのだが、見た目は違う姉妹が」


 この設定は守り抜くしかない。72歳の老人が16歳になって学生やろうとしています、なんて誰が訊いても噴飯ものだ。


「え、あ、どなたですか?」


「分かるのかね? MIH学園の生徒が」


「プロスペクトと評定金額上位10名くらいは……」


「私よりよほど勤勉ではないか」


「えへへ……。ありがとうございます」


 いまから入ろうとする学校について、ろくな調査もしていないメビウスもメビウスである。プロスペクト? 評定金額? いま聞きかじった単語だ。

 されど、メビウスは顔色ひとつ変えない。この程度で動じられるほど、メビウスの心臓は弱いわけではない。


「では、モアという生徒も知っているか?」


「モア……。あ! プロスペクト第1位の子ですよね!! MIH学園が公表する評定金額は5億メニー!! ただし一学年なので評定金額ランキングからは除外されてて、でも仮にランキングに入ればキャメル先輩に匹敵する実力とみなされる可能性が高く、そろそろ始まる壮麗祭でも優勝候補の一角に挙げられてます!!」


 ──……。わしはもうすこし孫娘に興味を持つべきなのか? 時代に追いつけないと言い訳する前に。


 そう思うメビウスだが、やはり顔に出さず微笑みを浮かべる。


「そうか。その子が私の妹だ」


「へっ!? バンデージさんはモアさんのお姉ちゃんなんですか?」


「そうだな。モアが高評価で嬉しいよ──」


「では御二方はあの蒼龍のメビウスの孫娘なんですか!?」


 知っていると感じていたが、本当にメビウスとモアの関係を理解していた。メビウスは自分の存在意義を否定されているような気分になるも、「そうだ」と返事する。


「えーっ!! 私、メビウスさんに良くしてもらったんですよ!! 昔、家が隣でしたので!!」


 ラッキーナは、まだメビウスが軍人だった頃の隣人であった。そのときメビウスが世話を焼いた──孫のモアと年齢が同じということもあり、しばしば遊び相手になったものだ。


「モアのことは覚えているのか?」


「んー。あのとき5歳とかでしたからね……。さすがに覚えてないです」


「正直だな。良いことだ」


「でも、あのときバンデージさんっていましたっけ? あそこでいろんなヒトと遊んだ気がするから、覚えてないだけかな……」


 頭がこんがらがるけれど、いまのメビウスは『メビウスの孫娘』ということになっている。当人も結構頭を使い、ラッキーナと歩きながら心理戦を繰り広げているのだ。ラッキーナ側は世間話で友好を深めようとしているのだろうが。


「覚えていないだけだろう。子どもの記憶など曖昧だしなぁ」


 すこし間を置き、メビウスはそう言った。


「ただMIH学園に入学すれば、またモアと再開できるぞ。そしてそれよりも、かなり緊張しておるのだろう?」


「え。なんで分かったの?」


「魔力の循環が悪いからな。普通のヒトが体調不良になったときのそれと同じ回り方をしているぞ?」


「魔力で体調が分かるんですか──分かるの?」


「大体の体調は、な。さて、気持ちを落ち着かせよう。そろそろ本校舎に着くぞ」


 メビウスは白塗りの校舎を指さした。

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