029 男から女になっちまったアンタにァ無理だ

「どうだァッ!!」


 メビウスは雄叫びをあげる。すこしずつ凍っていくルーシ・レイノルズを見て、勝利宣言をするかのごとく。

 だが、そんな宣言を受け入れるほどルーシも甘くない。彼女は黒い鷲のような翼を動かし、両肩に刺された氷の槍に触れさせ破壊する。


「……なんだか変な感覚だ」


 当たり前だがダメージは食らっている。それなのに平然と立ち上がったように見せかけたルーシに対して、メビウスもまた驚いている様子はない。あれだけ絶叫していたはずなのに、である。


「てめェ、まさか蒼龍のメビウスなのか?」


 もっとも、返事が返ってくることはない。メビウスが炎を吐き散らし始めたからだ。この女は一体なにを考えているのか分からないほどに、あたり一面を焼き払っている。


「飛んでいりゃ当たることもねェが……いや、待てよ。妹の手助けをしているってことか?」


 良く見てみると、炎を吐き散らす場所には周期性がある。何者かを守るかのように、龍娘は街を破壊しているのだ。


「白ける真似してくれるなァ……!!」


 蚊帳の外に置かれたと苛立ったルーシは、もはや災害を巻き起こす舞台装置のような存在になったメビウスへ詰め寄る。


「近距離戦が苦手だと思っているのかい!? 上等だゴラ! 頭かち割ってやるよォ!!」


「──やはり未熟じゃなぁ」


「……!?」


 怒れる龍娘の、されど顔には笑みを浮かべる龍娘の羽根がルーシに突き刺さった。血液がドクドク……と腹部から流れる。最前の攻撃も相まって、ルーシは言葉も発することもできない。


「貴様は妹をあんな目に遭わせた外道だ。どのみち処刑するつもりだったが、最期にモアの居場所を教えろ。さもなくば──」


 しかしメビウスは異変に気がつく。ゆっくりと、メビウスが突き刺した龍娘の羽根が引き抜かれているのだ。ルーシが手で引き抜こうとしているためだが、死にかけの幼女にここまでの迫力があるのか、と感じてしまうほどであった。


「ああ……!! こんなところじゃ終われねェんだな、私は。内蔵が焼かれた? 頭が撃ち抜かれた? だからなんだって話だ。そこに存在しようと思う限り、私はそこに居続ける……!!」


 矢先、言葉を失っていたルーシの意思表明とともに翼が引きちぎられた。メビウスは、「うおおおッ!?」とらしくもなく絶叫する。


「内蔵も脳みそも魔力で再生し続ければ動く!! ここからが勝負だぞ!! “蒼龍のメビウス”!」


 バランスを崩し空中から踊るように落下していくメビウスを見て、ルーシは最後の賭けを始める。黒い翼が銀色に染まり、明確に魔力が強まった。それらをなんとか着地しようともがくメビウスにぶつけるという算段だ。


「勝てると思うなぁ!! 小娘ェ!!」


「私が小娘ならオマエもクソガキだなぁ!? 防御できると思うなよ、暴力装置ィ!!」


 意地の一撃がメビウスに襲いかかる。魔術などによる防御は一切していないし、できない。


 ルーシは笑う。メビウスは目を見開く。


 そして、メビウスとルーシの翼が激突し、灼炎渦巻く地上へメビウスは叩き落されたのであった。


「形勢逆転だな、おい」


 ルーシは余裕たっぷりに笑う。致命傷になりうる攻撃を食らった彼女だが、その傲慢なほどの落ち着きの自信は、やはり有効な一撃を叩き込めたところにある。いくら攻撃を食らっても最後に立っていればそれで良い。ルーシの哲学だ。


 では、廃工場にとんぼ返りしてしまったメビウスはなにを考えているか。


「げふッ……」


 吐血と鼻血が同時に起きた。メビウスはその端正な顔が青アザだらけになってしまったことを悟る。これではモアに文句をつけられてしまうな、と苦笑いを浮かべた。


「そうだ……モア。君なら逃げられるはずだ。最大の怪物は引き止めておく。邪魔なチンピラも焼け苦しんでいる。行ける。行けるぞ!!」


 叫び、メビウスは天空高く舞い上がる。自分を鼓舞するために。自分もモアも生き延びられる未来のために。


「……。へえ。まだやるつもりか」


 天空まで戻ってきたメビウスへ向け、ルーシ・レイノルズは目を細めた。


「つーかよ。“蒼龍のメビウス”が少女の姿になって孫娘の姉やっている、ってことかぁ? アンタの孫娘頭オカシイんじゃねェの? まあヒトのこと言えねェけど」


 なにも言葉を発さないメビウスに見切りをつけたかのごとく、ルーシは黒い鷲の翼を光らせた。


「……。法則操作術式、か」


「あ?」


「しらばくれるな。ルールを変更する術式の応用版、いや魔改造版といったところじゃな? その翼がトリガーになっており……」


 刹那、メビウスの姿がまた見えなくなった。ルーシはあからさまに舌打ちし、もはや焦土と化した地面からも黒い触手のような現象を起こす。


「どこに隠れたっていうんだ? かくれんぼして喜ぶ年頃だと勘違いしているのか?」


 されど、メビウスはまったく姿を現さない。高速で動いているから見えないのか、空間移動の応用か。いずれにせよ、相手の姿も音も見えないし聴こえないのはリスクでしかない。


「おい! いつまで経っても出てこねェのならゲーム内容変えるぞ? てめェの孫娘はこの灼炎の中逃げ出したようだが、それならこちらにもアイデアはある! あのガキじゃ絶対敵わねェスターリング工業の幹部を派遣するとかなぁ!!」


「なにッ!?」


 思わず空間移動をせずに声を荒げたメビウスは、頭上から落ちてくるルーシの蹴りを頭に食らう。


「うッ!?」


「衰えたかぁ! 老将軍様よぉ!!」


 が、メビウスも負けていない。彼女は頭上に振り下ろされたルーシの脚を瞬時に掴み、地面に叩きつけるべく腕を動かす。


「てめェ!! ……。いや、やってみろよ。男から女になっちまったアンタにァ無理だ」


「……!!」


 ……空中から落下しているルーシを地面に投げつけるための筋力が、メビウスのか細い腕のどこにある? こういう肉弾戦のとき、男性から女性になってしまった現実は重たくのしかかる。

 対照的にルーシは脚を離された瞬間、最前引きちぎった龍の羽根へただの刃物として自身の翼をぶつけている。差は歴然であった。

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