028 “蒼龍のメビウス”の教育はどうなっているんだ?

 が、ルーシは即座になにかを投げてくる。メビウスはそれに気をとられ、憤怒のまま攻撃に移ることができなかった。


「……こ、これは!!」


「てめェの妹の耳だよ。ッたく、突撃かけてくるなんて凶暴過ぎるだろ。“蒼龍のメビウス”の教育はどうなっているんだ?」


 その幼女は平然とした態度で答えた。ルーシからすればこれは、単なる見せしめである。自分のビジネスを邪魔されたのだから耳のひとつくらい千切らないと元が取れない……というアウトローの考えなのだ。


 しかし当然、メビウスやモアは不良側の人間ではない。


「おい。この薄らバカを港まで連れて行け」


 最愛の孫娘の耳を拾い、しばし唖然としていたメビウスであるが、ルーシが見えない誰かに話しかけたところで意識をこの廃工場へ取り戻す。

 そしてモアの姿が見えなくなった。魔力の探知はできるものの、姿が見えないのであれば捜索するのにも苦労するだろう。

 もっとも、目の前にいる幼女がメビウスから探す時間すらも奪おうとしているのは明白であった。


「なあ。バンデージ、だっけ」


 ルーシは見た目どおりの透き通るような声色で、しかし退屈そうに尋ねてくる。

 メビウスが完全無視したのを知り、彼女は、「まあそう怒るなよ。怒りたいのはこちらなんだからよ」とすこしずつ魔力を膨張させていく。


「数ヶ月前、私の父が持つスターリング工業がブリタニカから強奪した“若返りの薬”を何者かが奪い去った。犯人は素人も良いところで、どこの誰なのかすぐに分かった。そこでMIH学園内で懸賞金まで懸けてソイツを潰そうとした。だが、そのガキは強すぎたみてーで……いやー、数ヶ月かかっちゃったよ。私としたことがなぁ。あーあ。時間は戻ってこねェのになぁ」


 矢先、地面から突如生えてきた黒い触手のような物体がメビウスの胴体に突き刺さる。これは明確な攻撃だと、メビウスが龍王、基龍娘になろうとしたときであった。


「……!!」


「なぜ痛みがねェのか考えたらどうだ?」


 身体の内部で破裂音が聞こえた。呼吸がやや苦しくなり、視界がすこしぼやける。身体の中、内蔵や骨そのものに直接ダメージを与えた? いや、そんな生易しいものではないはずだ。


「貴様、なにを……──」


「答えてやるのは結果が出てからだな。この程度しか食らわないとは想定外だし」


 ひとまず黒い触手に触れなければ良いだけの話だ。ルーシの使う魔術がなにかは分からないが、これだけ強力な術式を使いながら別の方式も組み立てている、とは考えづらい。それができるのならば、ルーシという幼女は最強どころか無敵と評されるであろう。


 だからメビウスは地面を蹴って宙を舞い、廃工場の天井に大穴を開けた。


「上に逃げようってことか? 考えが浅いな」


 そう言いメビウスを侮るルーシだが、彼女はまったく想定していない事態の中に入り込んでいく羽目になる。


「──あァ!? あたり一面息吹で燃やし尽くすつもりかい!?」


 短めのスカートから垣間見える生足は、蒼く染まっていた。背中には緑色の西洋竜らしき羽根が生えている。

 そんな少女メビウスは、炎を吐き散らす。


「てめェッ!! 頭に血ィ登りすぎだろ! 人質も一緒に焼け死ぬぞ!?」


 廃工場どころか都市区画ごと焼き尽くそうと炎を吹いていたメビウスの脳裏に、モアの姿がよぎった。

 そして、その隙間をルーシは見逃さない。その幼女は背中に黒い翼を生やし、空中高くに立つメビウスの元へ駆け上がっていく。


「ッたく、無差別爆撃なんてやったら死刑だぞ? 一般人に危害が及ぶことにうるせェ世の中なんだからよぉ。まあ──」


 黒い翼は、鷲の羽根のように見えた。銀髪碧眼の幼女の背中へ壮麗に広がる黒い羽が、一斉に光りを帯び始める。


「ゲームをしようか。いまから5分以内にてめェの妹をぶち殺す。止めたきゃ止めれば良い。死刑執行人はそこいらにいるチンピラだしな。しかし当然……」


 瞬間、メビウスの身体も光り始めた。なにか良くないことが起きる、と思ったときにはもうすでに遅きに失していた。


「私がオマエを足止めしないとは限らない。どうだ? は」


 ピッピッピッ……というわざとらしい爆破警告音。メビウスがその音を肺の部分から聞き取ったとき、すでに大爆破は起きていた。

 硝煙にまみれて、メビウスは落下していく。


 ──この小娘、さすがクールの娘というだけあるな……。


 ただ、風切り音とともに落ちていくメビウスは戦闘の継続をまったく諦めていなかった。

 どのみちモアを探すのにはそれなりに手間がいる。3分以内に探し出すのは不可能だ。ならばこの小娘の口から処刑を辞めさせれば良い。

 という算用である。どうなるかを知るのは、それこそ不可能だ。


「あァ? まだやり合おうっていうのか──」


 メビウスの目つきを見たルーシは、彼女が継続して殺し合うつもりであることを知る。


「……どこだ? 魔力まで抑えやがって」


 ならばもう一撃叩き込んでやろうとルーシは羽をうねらせるものの、どこを見渡してもあの白髮少女の姿がいない。


「後ろだよ」


 メビウスはルーシのはるか頭上に自身をワープさせ、いま渾身の一撃を叩き込もうと急速落下していた。手にまとうのは凍結の魔法。

 呼吸が苦しいほどの高さから一気にルーシへ詰め寄ったメビウスは、かつて英雄としてロスト・エンジェルス中で親しまれてきたメビウスは、この柔らかく筋肉のない身体でも決して自分のやり方を曲げない。


「てめェッ!? 戦闘機並みの高度から降りて来やがったのか!?」


「──この程度で驚かれるとは、最近の若者のレベルは下がったのかもな?」


「チクショウッ!!」


 ルーシは背中に広がっていた2枚の翼で防御体勢に入るが、もう間に合わない。この攻撃はまともに食らってしまう。たとえ分かっていても食らってしまう。この攻撃は速すぎるのだ。


「ぐはッあァ!?」


 10歳程度の幼女が地面まではたき落とされた。肩には氷の槍が刺さっており、じわじわと彼女を凍らせる。

 そしてそれを解除できるのは、メビウスしかいない。


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