034 最近の若者のここがダメだ、という説教でもされたいか?

「死んじゃう☆……じゃないよ!!」


 思いもよらずモアは苛立つ。彼女は続けた。


「あたしとお姉ちゃんをなんだと思ってるの!? ミンティって言ったら大統領の息子! そんなのとあたしたちを対峙させるつもり?」


「えーっ。だっておれアンタたちの軍門に下ったんだぜ? だったら守ってくれよん」


「そんな態度だったら下ったこともなかったことにするよ!? あたしたち暇じゃないんだから──」


「いや、もう遅いな」


 メビウスは歩道のど真ん中を歩き、こちらを見ているがミンティであることを悟る。獣人は賢く魔術の腕も高い。身体能力にも優れている。

 まさかクールの息子が人間と獣のハーフだとは思ってもいなかったが、もうじき戦闘になることは明白であった。


「うお! あのバケモン魔力を検知してこっちまで来たのか──!?」


 店内が吹き飛ばされ、ほとんどの店員が息絶える。ケーラやモアも無事では済まない。


『うあああッ!?』


『一点集中型のビーム!? お姉ちゃん!!』


 そんな未来が魔術を通して見えたメビウスは、咄嗟に店から飛び出してミンティに迫撃戦を仕掛ける。


「……!?」


「最近流行りのレーザーガンじゃな? 破壊力の高さも凄まじいが、利点のひとつはその光が相手から視力を奪ってしまうことだ。生憎、妹は耳を治したばかりなのでね。目を奪われるわけにはいかないのだよ」


 メビウスによって両手を凍らされた茶トラの獣人ミンティは、5キロメートル以内の敵を焼き払うレーザーを撃てなくなった。カチカチ……と音を鳴らしながら、ミンティはその両手を見る。


「ねえ、これ君がやったの?」


「そうだ。民間人がいるというのにレーザーガンを撃とうとしたからね」


「じゃあ、これいつ溶けるの?」


「もう暴れない確証を持てれば解除しよう。時間経過では溶けないぞ?」


「怖いなぁ。おれはケーラって茶坊主を詰めたいだけなんだけど」


「とても不思議な話だが、彼は私の傘下に入っているらしいぞ」


「え。傘下に入れた本人が自覚ないの?」


「良く分からないのでね。MIH学園の決まりは」


「ふーん。だったらさぁ、アンタおれを弟子にしてくんね?」


 藪から棒にそんなことを言われては、メビウスも引きつった笑顔を浮かべるほかない。


「さっきの攻撃で目ェ覚めた。やっぱおれには師匠が必要だ」


の息子にしては随分自分を安く見積もるのだな」


「だって父さんが魔術の稽古つけてくれるわけじゃないし。仕事で忙しそうだからねェ」


 ミンティは苦笑いを浮かべ、遠くを見ていた。手の氷も溶け始め、指の感覚も取り戻しつつある中、少年はメビウスに頼み込む。


「だからさ、頼むよ。おれを弟子にしてくれ。父さんはアンタの爺さんに育てられて一流になった。アンタは同級生だけど、どうもそういう風には見えない。もしかして中身が? とにかく、おれをのし上がらせてくれ」


 メビウスとミンティが話し込んでいるのを確認しに来たモアとケーラは、そんな茶トラ獣人少年の言葉を聞いてしまう。


「ミンティ……さん、アンタもバンデージさんの傘下に入るンかよ?」


「オマエの子分になったわけじゃないぞ? ヘタレのケーラ」


「誰がヘタレじゃ!?」


「どうせラッキーナ・ストライク襲って返り討ちにあったんだろ? それでも学習しないオマエはバンデージを襲おうとしたわけだな。もしも相性さえ良ければ、場面さえ合っていれば……弱者の考えってヤツだね」


 愚弄されたケーラだが、ラッキーナに負けたのは事実らしく、彼はしおらしく黙り込む。そしてその話を聞き流すことができないのがメビウスであった。


「ラッキーナを襲ったのか?」


「ああ、バンデージさん。アイツも馬鹿みてーに強かった」


「ラッキーナ……どっかで聞いたことある名前」


 メビウスは瞬時にモアへアイコンタクトを送る。メビウスが少女の姿になる前、ふたりはラッキーナと面識があると教えられたはずだ。


「……。ああ、元王族のラッキーナ・ストライクか。昔家が隣だったから遊んでたような気がする。というか、アンタも元王族よね? ケーラ」


「連邦政府との取り決めで、名字を名乗れる権利があとすこしで消滅するおれたち元王族になにか因縁でもあるの?」


「いや。同じ元王族でも実力差は激しいんだなぁって」


「ひでぇ言い方! おれ泣いちゃうよ!?」


「アンタ顔だけは可愛くて良い感じなんだから、泣いても良いよ」


「可愛いとか言うなよ~!! 昔からコンプレックスなんだぞ~!!」


 モアとケーラがじゃれ合っている間、メビウスとミンティは師弟関係に対する協議を進めていた。


「しかし、ミンティくん。私の修行は厳しいぞ? 基本的な理論を叩き込んだら即座に実戦じゃからのう」


「アンタ、もう正体隠す気ないよね。しかも妙に可愛い顔してさ」


「正体をどう思うかは君の自由じゃ。それに、私はこういう喋り方のほうが話しやすくてのう。老人性というものだろうなぁ」


「往年の覇気は戻ってると思うよ」


「んん?」


「アンタの妹だか孫娘だかは感覚麻痺してるみたいだけど、近くにいるだけで魔力に飲み込まれそうだもん。ほら、猫の尻尾は機嫌悪いと動くんだってさ」


 白い尻尾をブンブン動かすミンティは、つい先ほどまでのモアのように、時々フロンティアやラッキーナが見せるような、寂しげに染まった赤い目でこちらを見てくる。


「でも、それに萎縮しなくなればおれは強くなれる。ねえ、なんでおれが強くなりたいんだと思う?」


「私から聞こうと思っていたが」


「だろうね。正解は、最強やら無敵って呼ばれるようになってSNSで自己顕示欲を満たしたいからだよ」


「最近の若者のここがダメだ、という説教でもされたいか?」


「別に強くなる理由なんてヒトそれぞれじゃん。おれは軍隊に入るつもりなんてないし、なんなら魔術に直接関わる仕事すらしないかもしんない。けど、専属じゃないのにクソ強ェーのがいるってチヤホヤされたくね?」


 世の中を舐め腐った態度はかつてのクール・レイノルズにそっくりだ。DNA鑑定は必要ない。

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